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『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』技術革新を牽引したキャメロンが描く“家族の物語”(後編)
2025.12.24
水のレンダリング
こうして物理シミュレーションによって生成されたデータは、質感を持った物体として表示される。この質感を生成する工程をレンダリングと言うのだが、その中でピクセルごとに物体の色や明るさを計算しているのが、シェーダーと呼ばれるプログラムだ。このシェーダーは、1970年代前半にユタ大学で開発された。その基本となる考え方は、質感を環境光(アンビエント)+拡散反射成分(ディフューズ)+鏡面反射成分(スペキュラー)の合成として考え、色はR(赤)、G(緑)、B(青)の組み合わせで表現する。考案されて50年以上経った現在も、大部分のシェーダーがこの理論に基づいている。
https://yousee.studio/blog/history/the-history-of-3d-rendering-the-digital-age.-part-2./
https://en.wikipedia.org/wiki/Phong_reflection_model
https://learnopengl.com/Lighting/Basic-Lighting
しかしWētā FXは、『WoW』の記事( https://cinemore.jp/jp/erudition/2775/article_2777_p4.html#a2777_p4_1 )でも述べたように、ここを根本から見直して、スペクトルレンダラーの「 Manuka」を開発した。つまり、光をスペクトル(波長)として計算するため、例えば海中であれば、光の吸収と散乱(深くなるほど赤が弱く、青が強くなる。また水中の影が柔らかくなる)、水面の反射と屈折、フレネル反射(見る角度によって反射の強さが変化する現象)、波によるコースティクスの変化(ライトビームや波紋のゆらぎ)、薄膜の干渉(泡が虹色に見える現象)などが、物理ベースのパストレーシングで正確に求められる。そして海中の半透明な無脊椎動物なども、自然に表現することに成功した。

『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』© 2025 20th Century Studios. All Rights Reserved.
炎や煙のレンダリング
そしてManukaは、炎や煙の表現にも格段のリアリティをもたらした。実際の炎は、燃える物質の温度や化学反応によって、目に見えない複雑な波長の集合体として光っている。Manukaはこれをスペクトルとして処理するため、非常に明るく白飛びしそうな部分でも、色の階調が崩れず、現実の火が持つ“熱の厚み”を表現できる。
そしてManukaは、物理的な温度データを直接読み取り、黒体放射(温度によって光の色が赤外線→赤→オレンジ→黄→白→青白と変化する現象)に基づいて、どの波長の光がどれだけの強さで放出されるかを正確にシミュレートする。これにより、中心部の白熱した高温部から、縁の赤黒い低温部への変化が、数学的に正しくレンダリングされる。
さらにManukaは、炎の光が周囲の煙の中でどう散乱し、どう吸収されるかという計算もスペクトル的に行うため、煙が火に透けて赤く光る“内部散乱”の質感が極めてリアルになる。加えて炎の本体に加え、舞い散る火の粉の1つ1つもスペクトルを持った光源として扱うため、周辺環境への影響も正確に描かれて、熱さが直感的に伝わってくる。さらにManukaは、Lokiと連携することで、煤の密度や空気のゆらぎを光の障害物として処理するため、熱気で背後の景色が歪んだり、煙越しに光が鈍く拡散したりする表現が極めて自然に描かれている。
https://www.wetafx.co.nz/assets/Uploads/PDFs/siggraph2023_fire.pdf