公開以来リピーター続出の、クリストファー・ノーラン監督作『TENET テネット』。時間軸を駆使するスタイルはいつも通りなのだが、今回ばかりは想像以上の難解さに、驚いた人も多かったのではないだろうか?
二度三度と鑑賞して、“逆行する世界”を理解しようとチャレンジする人も出てきているようだが、その助けになっているのが、劇場用パンフレットだ。そこに寄稿されている、物理学者の山崎詩郎先生の解説が非常に分かりやすく、パンフを熟読してから二度目の鑑賞に臨むと、映画の理解がかなり進むとも言われている。なお山崎先生は本作字幕の科学監修も手がけている。
今回のCINEMORE ACADEMYでは、その山崎先生をゲストに迎え、ノーランが築いた“逆行する世界”の秘密を、物理学の視点から徹底検証する。山崎先生に話を伺ったのは、CINEMOREで『インターステラー』や『2001年宇宙の旅』などに関する記事を執筆した、SF映画の解説に定評のある大口孝之氏。
お二人の話がハイレベルすぎて、同席した編集部は少々ついていけない部分があったのが正直なところだが、編集部からも疑問に思った点を率直に質問させていただいた。
ノーベル物理学賞を受賞したキップ・ソーンが、『インターステラー』に続き科学考証として参加したという『TENET テネット』。今度のノーランは何を作り上げたのか!?ネタバレ前提でその世界に迫ってみた!
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素粒子を擬人化した映画
大口:大口孝之と申します。CGやVFX、3D映像が専門で、1980年代後半にはIMAX社の創始者の方と博覧会映像を作っていました。そういった関係で、IMAXフィルムを使い続けてくれているクリストファー・ノーラン監督はありがたい存在です。
また私自身、『インターステラー』(14)の製作総指揮と科学コンサルタントを務めたキップ・ソーンの著書「ブラックホールと時空の歪み アインシュタインのとんでもない遺産」を映画にできないかと考えていた時期もあって、「ノーランが作ってくれた」と感謝しています。
そんなこともあって、『TENET テネット』にも『インターステラー』並みのハードSFを期待していたのですが、最初は科学的な矛盾点ばかりが目に付いてきて、正直「?」でした。でもその内、「これは、ファインマン・ダイアグラムを人間で演じたような映画だ、と解釈すれば良いのでは」と思うようになりました。一番腑に落ちたのは、山崎先生がパンフレットに書かれていた「素粒子の擬人化」という言葉です。
山崎:すごくおっしゃる通りだなと思います。私もこの映画を見た時、最初に思い描いたのはファインマン・ダイアグラムのことでした。今は専門から外れたのですが、私も場の量子論とか量子電磁気学とか量子色力学などを、ファインマン・ダイアグラムでゴリゴリ理論計算していた時期があったんです。
実際、赤く塗り分けられた部屋と、青く塗り分けられた部屋に回転ドアがあるシーンがそうですよね。あれって上から見れば、電子と陽電子がぶつかって対消滅しているダイアグラムそのものになっているわけです。例えば、赤い部屋が電子。青い部屋が陽電子。この両者の交差点のことを、バーテックスって専門用語で言うんですが、これがまさに回転ドアなわけです。で、その後に出てくる光とかは省略されているんで、まるまる同じではないんですけど、「超ミクロの世界で起きていることを人間サイズで表現した」とも言えると思いました。
ただ付け加えると、必ずしもノーランはそれをモチーフにしているかは分かりません。やはりノーランはエントロピーがお好きで、あくまでもエントロピーに軸足を置いているのかもしれませんが。