『スウィート・シング』アレクサンダー・ロックウェル監督 魔法の時間だった80〜90年代のNYインディペンデントシーン【Director’s Interview Vol.158】
映画は観た人が自分のものにしてくれればいい
Q:主人公のビリーという名前は歌手のビリー・ホリデイから取ったそうですが、クリスマスのシーンではフォーク歌手のカレン・ダルトンの曲が流れます。ふたりとも私生活ではアルコールなどの中毒に苦しみ、早逝したことで知られています。
ロックウェル:飲酒には痛みが伴うと思う。僕の父は第二次世界大戦を体験した世代で、酒を飲むことで戦争の記憶を忘れようとしていたんだと思う。酒でしか紛らわせることできないような辛い体験をしたんだ。両親の世代は酒飲みが多くて、大人たちはクリスマスになると無礼講のように飲んでいた。
僕は、人生に対処できない悲劇的な人物に美しさと悲しさを感じてしまう。父は僕を「自分の人生で最高のこと」だと言ってくれた。地下のボイラー室で酔いつぶれながらね。あれは僕にとって強烈な体験で、悲劇的であると同時に美しさがあった。
『スウィート・シング』©️2019 BLACK HORSE PRODUCTIONS. ALL RIGHTS RESERVED
Q:ビリー・ホリデイやカレン・ダルトンの実人生と、この映画でアルコール中毒を描いていることは関連していますか?
ロックウェル:僕は、映画を音楽のように作りたいと思っていて、理論的に考えすぎないようにしている。もしジョン・レノンが僕が教えている教室に座っていて、「この曲はどういう曲?」と訊いたとする。ジョンは「これは「イマジン」といって、世界平和や宗教や差別について歌った曲です」と言うだろう。その話は興味深いけれど、いざ彼がイントロを弾き始めたら、ただ感動するだけだ。アートは感情的なもので、醜くても美しくても、人間性に訴えかける。知的な理解を超えたものなんだ。
音楽はとても美しい芸術表現で、最初にキスした瞬間や、初めて自働車を運転した時のことを思い出させてくれる。誕生日に、初めてヴァン・モリソンのLPレコードを買った時のこともね。それらの記憶は自分自身のものだし、その歌も自分のものになると思うんだ。もはやヴァン・モリソンやビートルズの歌じゃなくね。
同じことを映画にも感じていて、『地獄の逃避行』もテレンス・マリックではなく、僕のものになったんだと思ってる。ビリー・ホリデイの歌もそうだ。まるで風が吹いてくるように流れてきて、それを僕は受け取った。だから僕の映画も、観た人が自分のものにしてくれればいい。僕は作った。後は好きに受け取って欲しい。アートはすべての人に通じる言語のようなもので、ただ耳を傾けて感じればいいんだ。