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『PiCNiC』岩井俊二×浅野忠信×CHARAが挑んだ境界線上の人々【そのとき映画は誕生した Vol.1】

(C)1996, 2012 FUJI TELEVISION/PONY CANYON

『PiCNiC』岩井俊二×浅野忠信×CHARAが挑んだ境界線上の人々【そのとき映画は誕生した Vol.1】

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撮影中のストーリー変更は何をもたらしたか



 連続撮影された『undo』と『PiCNiC』の最も大きな違いは、セット中心の前者と、ロケ中心の後者ということになるが、それもあって『PiCNiC』は撮影日数も長く取られていた。最初の1週間はロケが中心だったこともあり、日没になると撮影を終えて、前日撮影したフィルムのラッシュを毎日観る余裕が生まれた。観るのはプロデューサー、岩井、撮影の篠田だが、立ち会った撮影助手の福本淳によると、「そうするとどんどん話が変わっていくんです。(略)元の台本では3人で壁の果てまで行くことになっていた。これが途中でひとり突然死ぬことになったり」(「カメラマン篠田昇の残したもの」)


 撮影が即興的になっていった理由を岩井は、「時間のない中で慌てて作ったんですけど、そのせいで当初の台本に無理が生じて(略)ストーリーも途中から大幅に変えていくことに」(「SWITCH」2020年2月号)と語る。


 実際、シナリオと比較すれば、台詞の多くが完成した映画とは異なっている。前章で記したように、ロケ地が持つ特性によって、紙上で想定されていたものが変化していくのは必然だったのだろう。「天気と光線との兼ね合いで、その芝居をさせても、思っていた景色と違うと全然はまらないっていうことがあるでしょう。そういうことも多くて、スケジュール表を見ながら悩んでいた」(「月刊カドカワ」96年6月号)という岩井が本作で行った最大の改変は、橋爪浩一が演じたサトルを途中で死なせてしまったことだろう。


 シナリオでは、人形を拾ったココを羨ましがるサトルは、自分も何か欲しがって塀の隙間を探す。そこで見つけたのが本物の拳銃だったという設定になっていた。マンションの一室で性交するカップルに向けてサトルが銃口を向けて撃とうとした瞬間、ツムジが石を投げてガラスを割り、カップルが気づくというエピソードも用意されていたが、映画では拳銃は警官から奪う設定に変わり(そのせいで、あんなに簡単に警官から奪取できるのかという批判もあった)、サトルが塀の隙間から拾うのも、人間の手首へと変更されている。


 サトルの死が撮影されたのは、墨田区の墨堤通りに面した空き地(現在は墨田5丁目運動広場サッカー場)。当初はただ通り過ぎるだけだったが、古めかしい塀のたたずまいに空間の広がりといい、それまでに登場した塀とは一線を画す。岩井は、「あそこはかなり絶好の場所だったので、なんか事件を起こさないと、ちょっと損だなと思って」(「NOW and THEN」)と、当日になって、サトル役の橋爪に、ここで死ぬことにしたいと伝える。その代わり、その日の予定を変更して、サトルの死を丸一日かけて丁寧に撮ることを約束した。


 こうして、不意に塀から落ちて首の骨が折れ、歩行がままならなくなった血まみれのサトルの最期が撮影されたが、前述の拳銃と同じく、公開時には、首の骨が折れては歩行できないという指摘も寄せられたが、整合性が取れたシナリオではなく、即興がもたらすディテールの甘さを意図的に選択した結果 として受け止めるべきだろう。



『PiCNiC』(C)1996, 2012 FUJI TELEVISION/PONY CANYON


 もうひとつ、大きな変更がもたらされたのが、映画のラストシーンとなったロケ地である。シナリオでは「海沿いの塀」と指定され、以下の内容が予定されていた。


 ツムジが太陽に銃弾を撃ち込んで爆発させ、世界の終わりを誘発させようとする。しかし、何も起きないためにココが銃を受け取って塀を降り、砂浜を波打ち際まで走って太陽に2発撃つ。やはり何も起きない。そこでココは最後の一発を自分のこめかみに当てて引き金を引く。ツムジとサトルは塀を降りて砂浜を走り、波打ち際に転がるココに駆け寄る。


 映画を観れば、サトルが不在などの違いこそあれ、ほぼ同じ内容が砂浜ではなく、灯台で繰り広げられていることが分かる。岩井によれば、「最後も目的地はもっと先の島だったんですけど、撮影当時、あの灯台を見つけて急に変更した」(前掲)という。撮影場所となったのは、1920年点灯の横須賀港東北防波堤東灯台。たしかに、シナリオに設定されていた「海沿いの塀」と砂浜のようなありきたりの舞台ではなく、横に伸びた塀が延々と映し出された後に登場する垂直の赤い灯台は、遥かに映画的な舞台装置になっている。


 ただし、映画では、この灯台へどうやって辿り着いたのかという疑問が残り、また、いつのまにか塀を降りてしまっているのは唐突に見える。しかし、ここはあえて辻褄の合ったシナリオを捨てて映像の力だけで見せることを選択したことが、これまでの経緯からも見て取れる。実際、1994年の東京を彷徨し、遂に塀の果て=世界の果てへと到達したココとツムジの、太陽を背にした(夕景に見えるが、実は夜明けに撮影されている)見事な映像を目にすると、灯台にどうやって来たのかという整合性など、ささいなことなのかもしれないと思えてくる。



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