『八つ墓村』の映像史
横溝正史、金田一耕助と聞いて、誰もが思い浮かべるタイトルは、『八つ墓村』であり、『犬神家の一族』ではないだろうか。もちろん横溝は、これ以外にも多くの長編、中編、短編を遺したが、2024年1月現在、『犬神家の一族』は映画化3回、TVドラマ化11回、『八つ墓村』は映画化3回、TVドラマ化10回を記録しており、その知名度の高さを裏付ける。2023年4月に、『犬神家の一族』がNHKで前後編のドラマとして放送され、11回目の映像化を果たしたことは記憶に新しい。
1949〜51年にかけて執筆された『八つ墓村』は、1977年の松竹版が製作される以前にも、映画が1回、TVドラマにも2回なっている。最初の映像化は単行本が刊行された1951年、片岡千恵蔵が金田一を演じた東映の金田一シリーズの第3作目である。この千恵蔵版『八つ墓村』(51)は、金田一が初登場した『本陣殺人事件』を映画化した『三本指の男』(47)に始まるシリーズの1本だが、当時の映画化の雰囲気が、江戸川乱歩が横溝正史に宛てた書簡(世田谷文学館所蔵)からも読み取ることができる。以下に引用しよう。
「この間 獄門島試写にて京都の撮影所長や比佐君と出会、大入袋持参せる由聞きましたが、それは少ない、八つ墓村の時にウンと埋合せをするべしと申し、先方もそのつもりらしいです。八つ墓は獄門の倍要求してもよろしく、又その上に獄門の不足分を加へれば少くても四〇はこちらから申出てよいのではないか。(中略)とにかく大当り、今年下半期の最高と聞きました。しかも前後二回なのだから、これは相当儲かつてゐる。作としても原作とは違ふが、三本指よりも多少面白く出来てゐる。従来の探偵ものでは最も上出来に属すると思ひます」
世田谷文学館編の『横溝正史あて江戸川乱歩書簡』では、1950年12月8日に発信されたと推定しているが、書簡は乱歩が千恵蔵版金田一シリーズ2作目の『獄門島』(49)を観たことを横溝に報せる内容になっている(原作の読みは「ごくもんとう」だが、映画は「ごくもんじま」と読む)。文中に「前後二回」とあるように、『獄門島』は前後編の二部作になっていたため、後編にあたる『獄門島 解明篇』の公開が1949年12月5日である点から、乱歩は、後編の試写(当時は公開の前日ないしは前々日に行うことが多かった)を観終わって書簡をしたためたのではないか。その場合、この書簡は1949年12月8日に発信されたと考えられる。
あだしごとはさておき、書簡の内容を見ていくと、前作の『三本指の男』よりも面白く出来ており、戦前から自作が映画化されていた乱歩の見立てでも、「従来の探偵ものでは最も上出来に属する」という褒め言葉が記されている。乱歩は、『獄門島』が大ヒットしているのだから、次に『八つ墓村』を映画化する際は、原作料に40万円は請求しても良いだろうと助言している。余談だが、それから7年後に東宝で映画化された『吸血蛾』(56)の原作料は70万円、横溝ブームの最中に市川崑監督で映画化された『悪魔の手毬唄』(77)では、200万円が支払われている。
乱歩が「原作とは違ふが」と記したように、千恵蔵版では、金田一が原作の羽織袴ではなく、颯爽としたスーツ姿で拳銃までも携行しており、犯人も毎回原作と異なっていた。原作ファンからすれば噴飯ものだろうが、千恵蔵版の強みは、なんといっても、原作と同時代につくられているので、風景も建物もそのまま映すだけで、ムードが漂ってくる。それに、金田一は華のあるスターが演じるものであるという割り切りが出来ていれば、これが意外なまでに楽しめる。
なお、千恵蔵版の金田一シリーズは全6作のうち、『三本指の男』『獄門島 総集篇』『三つ首塔』(56)の3本しか公にはフィルムが現存しておらず、『八つ墓村』や、『犬神家の一族』の初映画化となった『犬神家の謎 悪魔は踊る』(54)は今のところ観ることが叶わないため、撮影に使用された脚本から内容を推し量るしかない。なお、2023年にオークションサイトで千恵蔵版の金田一シリーズの1本である『悪魔が来りて笛を吹く』の16mmフィルムが出品され、73万円で落札された。このフィルムがその後どうなったかは不明だが、こうした経路をたどって不意に上記のロスト・フィルムが発見される可能性もないとは言えない。
さて、実際に千恵蔵版『八つ墓村』の脚本を読んでみると、金田一が辰弥に変装して八つ墓村に帰ってくるという意表を突く展開に驚かされるが、劇中で七変化する多羅尾伴内シリーズと平行して金田一シリーズに千恵蔵が主演していたことを思えば、自ずと本シリーズの位置づけが理解できよう。むしろ、原作にあった田治見要蔵による村人32人殺しが、映画では16人殺しへと半減し、双子の老婆も1人に変更されるなど、原作のあらすじに沿ってはいるものの、随所に大胆な変更がある点が興味を引く。なかでも最大の改変は、原作に登場しない映画のオリジナル・キャラが犯人という意外な展開である。
このあたりを許容できるかどうかは、原作の忠実な映像化こそを最上と考えるかによっても反応が別れるだろうが、そもそも原作は辰弥の一人称で語られるため、『八つ墓村』の映像化は工夫が必要となる。これまでの映像化では、原作と同様に金田一が脇に回ることもあれば、金田一を主役にするためのアレンジが施されることもあった。その点、千恵蔵版のように、金田一が辰弥に変装してくれれば、一石二鳥ではある。ただし、どう考えても多羅尾伴内的な金田一である千恵蔵以外には不可能な手段ではあるのだが。
次に『八つ墓村』が映像化されたのは、18年後の1969年。NET(現テレビ朝日)の「怪奇ロマン劇場」枠で放送されたもので、若き日の田村正和が辰弥を演じ、金内吉男が演じた金田一は、何と辰弥の先輩医師という設定だった。しかも、1時間枠での放送のため、本編は48分しかない。長大な原作を1時間弱でまとめられるものかと思いそうになるが、近年、再放送されたものを観ると、歴代の『八つ墓村』のなかでも一二を争う完成度で、双子の老婆や村の医師など重要人物がカットされ、村人32人殺しも8人殺しへと減らされているものの、それを瑕瑾と思わせない野上龍雄の脚色が際立つ1本になっていた。その2年後の1971年には、NHKで全5回の連続ドラマとなり、初回21%、最終回23.4%と高視聴率を記録したものの、こちらには金田一は登場しない。
1977年の松竹版以降の映像化された『八つ墓村』を、金田一を演じた俳優名で製作順に並べていくと、1978年と1991年に古谷一行、1995年に片岡鶴太郎、1996年に豊川悦司、2004年に稲垣吾郎、2019年に吉岡秀隆となるが、このペースからすると、そう遠くない未来に、11回目の映像化が実現するに違いない。