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『八つ墓村』(77年版)横溝ブームに角川映画、時代の渦中で何が起きたのか?【そのとき映画は誕生した Vol.3 前編】

※資料(新聞広告):筆者蔵

『八つ墓村』(77年版)横溝ブームに角川映画、時代の渦中で何が起きたのか?【そのとき映画は誕生した Vol.3 前編】

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横溝映画、空白の14年



 1947〜1956年にかけて製作された片岡千恵蔵による全6作の金田一シリーズが安定した収益を上げていたこともあり、この時期、映画会社はこぞって金田一ものの映画化に参入していった。大映は岡譲司の金田一で『毒蛇島奇談・女王蜂』(52)を、さらには東宝も――という次第で、映画における金田一人気がうかがえる。横溝ブームの最中である1977年に、『週刊平凡』が当時健在だった金田一を演じた歴代俳優からコメントを取っているので、一部を紹介しておこう。


 『幽霊男』(54、東宝)の河津清三郎――「当時は会社(東宝)がごたごたしてましてね、監督が急遽かわったり、それに撮影期間は1週間、それでも成績はよかったな、そんな時代だったんですね」


 『吸血蛾』(56、東宝)の池部良――「古いことで忘れちゃいましたね! たしかコートは自分のバーバリ製を着たはずですよ。なにしろあまり乗ってやった作品じゃなかったですよ」


 『悪魔の手毬唄』(61、東映)の高倉健――「記憶といえばその頃は、やたらといそがしく、次から次へといろんな役をやりました」


 河津が言う監督の交代とは、『幽霊男』が当初はマキノ雅弘の監督で進行していたことを指しているのだろう。共通して、彼らは自分が金田一耕助を演じた記憶すら、ほとんど残っていない。この時代の横溝映画は、1、2週替わりで上映されたプログラムピクチャの1本でしかない。高倉健の『悪魔の手毬唄』など、原作を読まずに脚本が書かれたというから、粗製乱造ここに極まる。そんな作り方をしていても客が入った時代だったのだから、原作と金田一のキャラクターが違うとか、犯人が違うと言っても始まらない。


 しかし、映画界が斜陽化するのと軌を一にして、推理小説の世界では、松本清張の社会派推理小説が台頭し、時代がかった横溝の本格探偵小説の存在は小さくなっていく。映画においても、東映の『悪魔の手毬唄』を最後に、以降14年にわたって横溝映画はスクリーンから姿を消し、松本清張原作の映画化が増えていく。


 もっとも、映画の世界で忘れ去られても、テレビと劇画の世界では、横溝はまだまだ健在だった。日本テレビの「火曜日の女」シリーズでは、金田一こそ登場しないものの、『犬神家の一族』を『蒼いけものたち』(70)に、『悪魔の手毬唄』を『おんな友だち』(71)に、『三つ首塔』を『いとこ同志』(72)と改題の上で連続ドラマ化しており、時代劇の『人形佐七捕物帳』も含めてコンスタントに横溝作品は映像化され続けていた。一方、コミカライズは1968年に『週刊少年マガジン』で連載が始まった影丸譲也の作画による『八つ墓村』が独自の世界観で描き、その後、つのだじろう、JETらによる漫画化の先鞭をつけたばかりか、後年、角川春樹が角川文庫に横溝作品を入れるきっかけのひとつになった。

 

 横溝映画が作られなかった空白の14年間、誰も映画化を思いつかなかったわけではない。1969年、東映京都撮影所は石井輝男監督による異常性愛路線の1本として『地獄』を準備していたが、企画が流れたために急遽、江戸川乱歩原作の『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(69)を製作することになる。脚本の掛札昌裕によれば、企画時点では、横溝正史の原作も候補に挙がっていたという。横溝ファンの掛札としては、『八つ墓村』か『獄門島』あたりを狙っていたようだが、乱歩が好きな石井の推しで、『孤島の鬼』『パノラマ島奇談』『屋根裏の散歩者』『心理試験』などの乱歩作品をミックスした『恐怖奇形人間』が作られることになった。それでも、本作に横溝の残り香を嗅ぎつけた映画評論家の佐藤重臣は公開当時の批評で、「『八ツ墓村』からは、旧家のイメージが、とり入れられている」(『映画評論』70年5月号)と指摘している。


 その2年後の1971年、横溝作品の映画化の可能性を話し合った映画人たちがいた。脚本家の橋本忍と、松竹の野村芳太郎監督である。前述のNHKの連続ドラマ版が放送された同じ年、新たな企画を検討する中で、彼らは横溝に注目したのだ。その際に『八つ墓村』も読んだというが、この時点では企画が進展することはなかった。


 また、1973年には、松竹のラインナップに『悪魔の手毬唄』が挙がったこともある。監督は水川淳三、キャストは香山美子、森次浩司、入川保則、岩崎和子と発表されていたが、実現直前に中止となった。企画した小林久三は、松竹大船撮影所に助監督として入社し、その後、企画部員、プロデューサー等を歴任する一方で、推理作家としての顔も持ち、代表作に映画化もされた『皇帝のいない八月』がある。ミステリ映画には一家言あっただけに、この製作中止には小林も落胆したようだ。余談だが、小林は後に『「悪魔の手毬唄」殺人事件』という映画製作内幕ものを書いており、1987年にはテレビドラマ化もされている。 

 

 ことほどさように、実現寸前まで行った企画があったものの、横溝の作り出す世界を映画が必要としない時代が14年にわたって続いていた。



刑事コロンボvs金田一耕助



 スクリーンから姿を消していた金田一耕助を、間接的に復活へ導いたのは、刑事コロンボだった。1974年10月頃、映画評論家の石上三登志が横溝を訪ね、当時話題になっていたTV映画『刑事コロンボ』と金田一耕助をテーマにした対談が行われた。これは、髪がもじゃもじゃで、よれたコートをまとい、風采が上がらないコロンボが金田一に似ていることから、横溝にコロンボを語ってもらおうという企画である。石上は怪奇映画、ミステリー映画に精通した映画評論家であり、『刑事コロンボ』のノベライゼーションの執筆も行っていたが、電通に勤務するCMプランナーの顔も持っていた。


 「私は『広告』が本業で、それでメディアの変化に関して敏感だったから、色々紹介し、論じ……この辺りが他の映画評論家と違うところ。正直、かなりヘンな評論家だったと思う」(『石上三登志スクラップブック 日本映画ミステリ劇場』)


 と、自他ともに認める同時代の映画評論家と一線を画した存在だった石上は、『東京新聞』でコラムを書いていたときに、文化部の担当記者である横溝亮一が正史の長男であることを知る。亮一は、石上の探偵小説への博識ぶりを見て、今はほとんど誰も父に会いに来ないから、話相手になってくれと頼む。とはいえ、石上としても用もないのに訪ねるわけにはいかず、『刑事コロンボ』のノベライゼーション掲載の対談という名目を立てて、横溝を訪ねることにした。対談では、コロンボと金田一の共通点にとどまらず、〈探偵小説の映像化〉という視点からも示唆に富む発言が見られるが、そのなかで石上は、今後の横溝作品の映画化という話題を持ち出している。



 石上 金田一耕助の映画は以前あったんですが、最近映画化の話はないんですか。


 横溝 ないですね。


 石上 僕がもし、これは夢なんですが、もし映画監督だったらぜひ「獄門島」を映画にしてみたいと思ってるんです(笑)。


 横溝 ああそうですか(笑)。


 石上 以前のは、片岡千恵蔵の扮する金田一耕助が、拳銃片手に登場しましたが(笑)……あれはやっぱりコロンボみたいな俳優のほうが……。


(『刑事コロンボ(11)/別れのワイン』二見書房、『新版 横溝正史全集(18) 探偵小説昔話』講談社、『横溝正史の世界』徳間書店)



 コロンボ=金田一説を殊更に強調しているのは、当時は海外のヒット作が生まれると、直ちに日本版が企画されていたからである。ブルース・リー、パニック映画ブームが日本映画にも飛び火したように、コロンボの人気にあやかって、日本版を作ろうとするプロデューサーがいても不思議ではない。そのとき、最右翼にいるのが金田一耕助であることを石上は強調しているのだ。石上の発言が、どれほどの影響力を持っていたかを高く見積もる必要はないだろうが、対談の半年後、『本陣殺人事件』『八つ墓村』の映画化が始動したことは記しておく必要があるだろう。


 この数年後、『戦国自衛隊』(角川文庫)の巻末解説で石上は映画化待望論を記し、それが映画『戦国自衛隊』(79)が実現する一翼を担った事実を踏まえれば、石上が後年、「横溝作品の映像的復帰には、コロンボの力を借りてほんのわずかながらも手助けできたという気がしないでもない」(『FLIX DELUXE』94年冬号)と自らに下した評価は妥当なところではないだろうか。


 もうひとつ、石上と横溝が対談した翌月に、アメリカとイギリスで絢爛豪華なミステリ大作が公開された点も付け加えるべきだろう。アガサ・クリスティ原作の『オリエント急行殺人事件』(74)である。潤沢な予算をかけた、オールスターキャストによるミステリ大作は、1975年5月に日本でも公開され、そのフォーマットが、やがて角川映画の第1作になった『犬神家の一族』へと受け継がれていくことになる。





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