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『太陽を盗んだ男』を放った、ゴジと呼ばれた男【そのとき映画は誕生した Vol.4 前編】
幻の映画版『コインロッカー・ベイビーズ』
長谷川和彦と村上龍のコラボ企画は、二転三転を繰り返していた。次々と村上が新たなプロットを書き上げ、作品によっては脚本まで進んだが、長谷川は首を縦に振らなかった。今となっては、なんとも贅沢な話に思えるが、このプロジェクトに携わっていたプロデューサーの伊地智啓は、その中のある脚本に惚れ込み、『空と一緒の朝』というタイトルまで勝手につけて印刷したほどだった。
これは、中学の同級生だったキクとハシを中心とした物語で、21歳となった彼らが都市で棲息する姿が何とも蠱惑的に浮かび上がってくる脚本だ。
――陸上競技選手だったキクは、今も棒高跳びで大会に出場している。10代で歌手デビューしたこともあるハシは、「美しいオカマ」としてバーで働きながら、チンピラのタツオと暮らしている。その店でキクはファッションモデルで17歳のアネモネと出会う。ブルジョア娘で浮世離れしたアネモネと親しくなったキクは、盛り場に彼女を連れ出す。一方、ハシの歌に惚れ込むヤクザのボスである“目薬マン”は、ハシとタツオの仲を裂こうとする。
終盤は、陸上競技場近くのビルに囲まれた路上を舞台に壮絶なクライマックスが展開する。村上の脚本は自由奔放に書かれており、時にはト書きで説明するのがもどかしいように、イラストが描かれている場面もある。クライマックスの舞台も、その区域が略図で示されており、ビルと道路と競技場の位置関係が示されている。そこに「キクとタツオとアネモネがハシに会いに行く順路」や「ハシがいるところ」などの指定があり、一般的な脚本とは味わいが違う。
それはともかく、村上龍の読者でなくとも気づいたかもしれないが、この脚本は後に小説へ書き換えられ、構想も新たに『コインロッカー・ベイビーズ』のタイトルで世に出ることになる。
村上による脚本は1977年5月上旬に書き上げられたものの、長谷川は満足しなかった。曰く、「原稿は何度も突っ返し書き直しを命じた。とにかくヤツは才気もあるし、きらびやかな文章力もある原稿を書くのもおそろしく早い。しかし、テーマを内部で十分発酵させてないんだな。だから『もっとウジウジ悩め』と忠告し、『素直に冒険小説を書いてみろ』と挑発してやった。が、決してギブアップはしなかったな」(『データ・バンクにっぽん人:53人がみずから語る「身上調書」のすべて』)
それから50年近い歳月が流れると、長谷川の発言が何とも痛々しく響く。長谷川が言うように、この後、村上は〈才気〉と〈きらびやかな文章力〉で多くの作品を発表することになるが、長谷川は〈テーマを内部で十分発酵〉させようとするため寡作となり、〈ウジウジ悩〉んだ末に、2本しか監督作を残せなかったのだから。
もし、この脚本が映画化されていたとしたら――その場合は小説版『コインロッカー・ベイビーズ』が存在しない世界になっていた可能性もあるのだが――『青春の殺人者』で見せた若者たちを描く鋭利な感覚がいっそう研ぎ澄まされたような傑作が誕生していたかもしれない。
もっとも、脚本を読んだ筆者の正直な感想としては、これは相米慎二が『ションベン・ライダー』(83)のようなテイストで映画化すべき作品にも思えたが(実際、後に相米の監督作品として検討されたこともあった)。
結局、キティ・フィルムの立ち上げは、村上が原作・脚本・監督を兼任する『限りなく透明に近いブルー』(79)が先行することになった。長谷川を待っていたのでは、いつまで経っても企画が決まらなかったからだ。
この作品も、当初は長谷川と村上の共同監督という報道が出たが、製作発表の席で村上は、「協議離婚」という言い回しで、その案が不首尾に終わったことを明かしている。
つまり、それは〈長谷川和彦×村上龍〉という無限の可能性を感じさせた組み合わせが幕を閉じることを意味するが、『週刊サンケイ』(79年10月18日)で、長谷川はこう振り返っている。
「龍は頑張ったよ。五本ぐらいシナリオを書いてるよ。いい本だよ。面白いし、ダイアローグ(対話)はうまいしね。ただ、龍の作家資質としてストーリー・テラーではないんだな。よし、これでクランクインやというところまでならなかった」
なお、長谷川と村上が組んだ唯一の成果と言えるのが、1977年9月に発売された上田正樹のサード・アルバム『上田正樹』のCMである。同月の『11PM』(日本テレビ系)内で15秒スポットとして放送され、長谷川が監督、村上が助監督を務めた。内容は上田をアドバルーンに乗せて飛ばすというもので、長谷川が「君はもう聴いたか?」というナレーションも務めた。これは、上田のアルバムがキティ・レコードから発売されたため、キティ・フィルムで新作を準備していた2人がウォーミングアップ的に手がけたようだ。
このCMは大した話題にもならず、週刊誌で冷やかされた程度の反応しかなかったが、今となっては、〈長谷川和彦×村上龍〉の痕跡を遺す貴重な1本と言えよう。