2020年。世界は一変し、国内の映画界も混沌の渦中に突き落とされた。混乱と不安が渦巻くなか、いち早く行動を起こしたクリエイターがいる。
数年かけて準備した新作が飛ぶなど、自身も被害を受けた入江悠監督。彼は失意の中で自らを奮い立たせ、自主映画への帰還を宣言。第1回目の緊急事態宣言が発出された4月から2カ月足らずの6月には、新作『シュシュシュの娘』プロジェクトを立ち上げた。
本作は、ある地方都市を舞台にした物語。市役所職員の未宇(福田沙紀)の淡々とした日常が、ある事件をきっかけに一変するさまを描いている。社会問題を突いたテーマ性とユーモアが混ざり合った、実験精神に満ちた快作だ。8月21日より、全国のミニシアターにて順次公開される。
コロナ禍で映画を作り、ミニシアターへと届けるということ。入江監督はどのような想いで、本作の制作に踏み切ったのか。語っていただいた全容は、10,000字を優に超えた。日本映画界への問題提起、ミニシアターへの感謝、作り手としての矜持――。生の言葉のひとつひとつを、受け取っていただきたい。
Index
- コロナ禍で立ち止まったら、今後自分は動けなくなる
- 自主映画だったら、題材を「抑える」必要がない
- もう一度、インディペンデント魂を取り戻す
- スタンダードサイズ、モノラル音声に込めた想い
- 映画はお祭り。コロナ禍でも、悲壮感は出したくない
- 韓国の撮影で目の当たりにした、労働環境の“差”
- スタッフの多くはフリーランス。精神論では無理がある
- 固定カメラの演出に込めた、「どこを観てもいい」想い
- 映画館のない地域で育ったことが、原体験
コロナ禍で立ち止まったら、今後自分は動けなくなる
Q:2020年6月に本作の企画を立ち上げた際、「数年前から自主映画を撮りたかった」と話されていましたが、メジャーで大活躍中で大忙しだったかと思います。コロナ以前は、明確に「この時期に自主映画を作る」という予定はあったのでしょうか?
入江:決まってはいなかったですね。第1回の緊急事態宣言で、5年ほど前から予定していた時代劇の映画とドラマの企画が流れてしまったんです。それで2020年にやることがなくなり、「これはもしかしてチャンスなんじゃないか。自主映画を作ろう」と決意しました。
Q:最初の緊急事態宣言が発出されたのが4月。この時期は、社会全体がパニックに陥っていました。その中ですぐに動き出せたのが凄いです。
入江:いま考えるとよく2ヶ月で動けたなと思いますが、当時はネジが飛んでいるような状態だったんですよね。4月からミニシアターを支援する活動を行っていたのですが、知人が亡くなったこともあり、僕自身かなり打ちのめされてはいました。
どこまで続くんだろう、永遠とはいわないまでも当分映画が撮れないんじゃないか……と、気持ちが落ちてしまって、「ここから抜け出すためには撮るしかない!」という一心でした。
『シュシュシュの娘』© Yu Irie & cogitoworks Ltd.
Q:この時期に、というか正直いまもですが――「不要不急」という扱いを受けた傷は、いまだ多くの作り手に残っているかと思います。
入江:東日本大震災が起こったとき、僕は『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』(11)の公開を4月2日に控えていたんです。そのときも「電力の消費が良くないんじゃないか。映画なんて上映するべきじゃないんじゃないか」と言われました。あの時期は、俳優さんからも「いまは映画館を閉めるべきだ」なんて声が上がっていましたよね。
でも僕らは、予定通り公開したんです。そうしたらお客さんがたくさん来てくれて、その体験が今回、大きかったかもしれませんね。個が分断されているときに、映画は場を作ることができると感じたんです。だからこそ、今回もすぐ動けました。
人それぞれにスタンスがありますし、様子を見ることも大切ですが、自分が41歳になって思うことは、映画監督は体力勝負だということ。現場は肉体労働だから、ここで留まることが自分にとっては悪影響を及ぼすと感じたんです。いま動かなければ、今後、こうしたピンチに陥ったときにスッと踏み出すことができなくなるんじゃないかとも思っていました。