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『八つ墓村』(77年版)横溝ブームに角川映画、時代の渦中で何が起きたのか?【そのとき映画は誕生した Vol.3 後編】

※資料(新聞広告):筆者蔵

『八つ墓村』(77年版)横溝ブームに角川映画、時代の渦中で何が起きたのか?【そのとき映画は誕生した Vol.3 後編】

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流行語「たたりじゃ!」はいかにして生まれたか



 映画は完成しても、それをどう世に送り出すかが大作映画の命運を決定する。『八つ墓村』では「たたりじゃ!」というフレーズを用いたTVスポットが話題となった。わずか15秒のCMだけに、どうインパクトを残すかが重要である。同時期公開の角川映画『人間の証明』では、「母さん、僕のあの帽子、どうしたんでしょうね」のコピーや、ジョー山中の主題歌が話題となった。


 ここで『八つ墓村』のTVスポットを再現しておくと、頭に懐中電灯を点け、日本刀と猟銃を手に桜吹雪の中を手前に向かって疾走してくる山崎努の姿が映し出され、引っ掻くような電子音が重なる。そこに「たたりじゃー、八つ墓のたたりじゃー」というねちっこい老婆の声が響く。そして風貌が落ち武者と同じように変わった犯人の目のアップとなり、渥美清の口跡の良い声で「9月23日、八つ墓村」と入り、黒バックにタイトルと公開劇場が白文字で出る。これで15秒である。


 山崎努の疾走と、幽霊のような目のアップという、わずか2カットしか本編の映像は使用されておらず、横溝正史も萩原健一も渥美清も一切クレジットされない。ひたすら、たたりであることが連呼されるだけでミステリ映画であることも、金田一耕助の名前すら出ない。これでは原作とは別物の怪奇ホラーとしか思えないが、すでに横溝ブームで『八つ墓村』のタイトルは浸透しており、この思い切ったスポットは強烈な印象を残すことになった。


 松竹の宣伝部では、TVスポットを作るにあたり、どの場面を抜粋して使用するかが話し合われたが、全員一致で山崎努の桜吹雪のカットを使用することが決まった。それほど映画全体を通してこのカットが強烈なインパクトを持っていたということだが、ここにどのようなフレーズを重ねるかで議論は紛糾した。


 そのとき、ロケから帰ってきた野村と宣伝スタッフが雑談をしていると、奇妙な話を聞かされた。撮影現場では、何かとスタッフが「たたりじゃ」と言っていたというのだ。電車に乗り遅れたり、鍾乳洞で何かにつまずいたりすると、劇中の台詞を引用して「たたりじゃ」と言うのが符丁になっていたという。やがて、何かにつけて「たたりじゃ」「たたりじゃ」と言うようになり、撮影現場の流行語になっていった。


 だからと言って、内輪ノリで直ぐにTVスポットへの使用が決まったわけではないという。『日大学生新聞』(77年10月20日)で宣伝の丸山富之が語るところでは、「縁起のイイ言葉じゃないでしょ、これが原因で売れなかったらどうすると言う人もいた」という。


 しかし、角川映画に対抗し得るインパクトを持つ、このフレーズを思い切って使用したことが、映画のイメージを広く流布することになった。それも、劇中の「たたりじゃ」を流用するのではなく、TVスポット用に新たに「たたーりーじゃー」という具合にオーバーに声をつけたことも功を奏した。公開1か月前から流れたこのスポットは、上映が始まる頃には流行語となっていた。


 公開直前には、銀座に八つ墓村が出現したこともあった。9月10〜17日にかけて銀座のソニースクエアに、多治見家の外観――つまりは広兼邸を再現した建物と、そこに繋がる鍾乳洞で構成されたディスプレイがお目見えした。多治見家の石垣が開くと洞窟の中のモニターに双子の老婆の1人が殺された場面や、ショーケンと小川真由美が鍾乳洞に歩を進めていくシーンなど3つのハイライトシーンをナレーションと共に流れるという仕掛けで、石垣が開閉するたびに異なるシーンが流れることもあり、通行人の目を引き、人だかりが出来た。同じディスプレイが松竹セントラル前でも展示され、話題を集めた。


 9月23日の公開初日は、メイン館となる銀座の松竹セントラルでは第1回上映の午前10時前には築地方面に向かって数百メートルの列が出来る大盛況ぶりで、当時、都内で2番目に大きな劇場だった松竹セントラル(定員1,420名)だけでは観客を捌ききれず、隣の銀座松竹でも急遽『八つ墓村』を上映することになった。同館で上映中の『男はつらいよ 寅次郎と殿様』は、松竹セントラルと同じ建物にある銀座ロキシーへとスライドして上映することで詰めかける観客に対応した。しかし、寅さんが割り込んできたことで、銀座ロキシーで上映中だった『官能ポルノ ダーティー・バージン』(75)は行き場がなくなり、上映中止の憂き目にもあっている。


 都内の大劇場である松竹セントラル、渋谷パンテオン、新宿ミラノ座での初日の観客動員は約3万人、興行収入は約4千万円となり、松竹始まって以来となる爆発的なスタートを切った。


 その後も『八つ墓村』の快進撃は続き、公開から1週間で、全国主要ロードショー館となる14館での観客動員は29万3 千人という記録的なヒットとなり、この時点で興行収入は3億7千万円となった。東宝の金田一シリーズはおろか、『犬神家の一族』も追い抜く大ヒットである。


 10月9日には『人間の証明』が公開され、こちらも初日だけで全国で約15万人を動員。興行収入は約1億5千万円を記録し、まさに『八つ墓村』vs.『人間の証明』となった。


 公開から1か月が経過した10月29日からは拡大公開も始まり、後追い宣伝も余念がなかった。『報知新聞』(77年10月30日)は、「『八つ墓村』の松竹は例の流行語になった『たたりじゃー、八つ墓村のたたりじゃー』をフルに活用、松竹の大部屋スター、中川秀人に映画で山崎努がふんした、懐中電灯のカタツムリスタイルをさせ盛り場の劇場巡り。六週目に入っても依然衰えぬ人気を見せている」と報じている。


 現実の津山事件で大量殺戮に用いられた奇抜な扮装も、フィクションを通過すると、盛り場で同じ格好をしても顰蹙を買うことはないらしく、同時期には『女性自身』(77年10月27日号)の「映画『八つ墓村』の、あの名セリフを扮装つきで叫んでみよう!」というコーナーでも、10〜20代の読者7人が同じ扮装で登場し、思い思いのポーズを取っている。


 同誌(77年8月4日号)では、「この夏話題の2大ミステリー地帯を探る」と題して、『八甲田山』と『八つ墓村』のロケ地を紹介する、いわば聖地巡礼マップも掲載しており、驚くべきは津山事件が起きた集落まで周辺の見どころ付きで載っている。町の助役F氏の「古傷にさわってほしくないというのが村の者の正直な気持ちです」というコメントが、訪問する経路を細かく記した誌面と温度差を感じさせる。事件から39年、当時は事件を知る人々がまだ多く健在だったが、村人たちの心情はいかばかりだっただろうか。


 松竹vs.角川映画の対決は、興行面で見れば、最終的に『八つ墓村』が配給収入19億8千万円、『人間の証明』が22億5千万円を記録したことで勝負がついた。これは1977年の興行ベストテンにおける日本映画の2位と3位である。数字としては角川映画の勝利となるが、『犬神家の一族』の配収を大きく上回った『八つ墓村』は、横溝映画最大のヒットとなり、この記録は現在も破られていない。


 また、この年の日本映画興行ベスト1位は橋本プロ製作、野村芳太郎プロデュース、橋本忍脚本の『八甲田山』(配収25億円)となり、角川映画としては『八つ墓村』には勝利したものの、野村・橋本コンビの牙城を崩すところまではいかなかった。


 角川映画を蹴散らした野村・橋本忍コンビは、すでにこの時期、次回作の下準備に入っていた。それは、1975年に経営破綻した総合商社・安宅産業の倒産を映画化する『崩壊』である。原作は日本経済新聞社特別取材班編による『崩壊―ドキュメント・安宅産業』。


 このとき書かれた橋本による『崩壊』構成用台本には、「映画を作ることだけしか知らず、それ以外には生甲斐を感じないわれわれのプロジェクトはもう一度、いや、その三度目を『崩壊』に賭ける」という宣言が記されており、『砂の器』『八甲田山』に続いて、橋本プロで『崩壊』を映画化する意気込みが記されている。


 監督する予定の野村は、「現代社会に真正面から取り組むことになるでしょう。現代に密着した題材、いままで扱わなかったことが逆にアピールするのではないかと思います。まあ“八つ墓村”にしても六年がかりですし、企業の封切日などにとらわれずに出来る利点を生かしてマイペースでやりますよ」(『スポーツニッポン』77年8月13日)と意気込みを語ったが、そこから5年後に作られたのは、『崩壊』ではなく、橋本が製作・脚本・監督を兼任した『幻の湖』だった。


  常識的に考えれば、『八つ墓村』がこれだけのヒットとなれば、本稿の前編にも記したとおり、松竹は当初の目論見通りに次々と横溝作品の映画化を進めるべきだが、結局これ1本きりで松竹製作の横溝映画は終わってしまった。


 後年、野村は『八つ墓村』の渥美清について、「ちょっと中途半端でしたねえ。主役でもなく、どうやってみても、あれぐらいしかできないし」(『映画芸術』381号)と冷ややかな評価を下している。あれだけ熱っぽく横溝正史の世界を映画化しようとした野村は、『八つ墓村』の興行的成功にもかかわらず興味を失い、以降は再び松本清張を中心とした作品を手がけていくことになる。


 結局のところ、映像化権の管理を角川春樹事務所が担っている以上、『彼のオートバイ、彼女の島』の騒動からもわかるように、角川側と松竹の関係が悪化しているため、企画したところで横溝作品の映画化が不可能ならば、良好な関係を築く清張に靡くのは当然だろう。角川と松竹が関係を修復するのは、『蒲田行進曲』(82)まで待たねばならなかった。


 憎悪が渦巻く人間関係は、横溝作品も映画界も大差ないのかもしれない。


【参考文献】

『八つ墓村』(横溝正史 著、角川文庫)、『八つ墓村 劇場パンフレット』、『企画書 八ツ墓村』(鈴木尚之・野村芳太郎 著)、『準備稿脚本 八つ墓村』(橋本忍 著)、『脚本 八つ墓村・第一稿』(橋本忍 著)、『脚本 第三次世界大戦 東京最後の日・第二稿』 『準備稿脚本 幻の湖』(橋本忍 著)、『脚本 日本怨念記』(橋本忍 著)、『構成台本 崩壊』(橋本忍 著)、『大系 黒澤明』(浜野保樹 編、講談社)『毎日新聞』『朝日新聞』『読売新聞』『東京新聞』『日刊スポーツ』『報知新聞』『スポーツニッポン』『サンスポ』『デイリースポーツ』『サンケイ』『東京中日スポーツ』『中日スポーツ』『東京スポーツ』『東京タイムズ』『夕刊フジ』『信濃毎日新聞』『新大阪』『新関西』『大阪日日新聞』『神戸新聞』『西日本新聞』『中国新聞』『京都新聞』『岩手日報』『新潟日報』『東奥日報』『秋田さきがけ』『日刊ゲンダイ』『日大学生新聞』『電通報』『平凡パンチ』『週刊朝日』『週刊現代』『週刊大衆』『週刊平凡』『週刊明星』『週刊エコノミスト』『サンデー毎日』『女性自身』『女性セブン』『週刊TVガイド』『週刊読書人』『中央公論』『潮』『旅の手帖』『AGSだより』『キネマ旬報』『シナリオ』『映画芸術』『映画宝庫』『映画秘宝』『本の雑誌』『映画情報』『映画時報』『映画撮影』『映画テレビ技術』『録音』『MOVIE MAGAZINE ムービーマガジン』『PREMIER』『連合タイムス』『松竹タイムス』『FUJIFILM INFORMATION』『幻影城』『横溝正史旧蔵資料 (世田谷文学館資料目録 1)』(世田谷文学館)、『企画展図録「金田一耕助さん!埼玉で事件ですよ」』(さいたま文学館)、『新版 横溝正史全集18 探偵小説昔話』(横溝正史 著、講談社)、『真説 金田一耕助』(横溝正史 著、毎日新聞社)、『横溝正史読本』(横溝正史、小林信彦 著、角川書店)、『横溝正史追憶集』(東京美術版)、『黒澤明研究会誌』(黒澤明研究会)、『複眼の映像 私と黒澤明』(橋本忍 著、文藝春秋)、『脚本家・橋本忍の世界』(村井淳志 著、集英社新書)、『映画「八甲田山」の世界』(橋本忍 著、シナノ企画)、『幻の湖』(橋本忍 著、集英社文庫)、『橋本忍 人とシナリオ』(日本シナリオ作家協会)、『清張映画にかけた男たち 『張込み』から『砂の器』へ』(西村雄一郎 著、新潮社)、『映画の匠 野村芳太郎』(野村芳太郎 著、ワイズ出版)、『キャメラを振り回した男 撮影監督・川又昂の仕事』(川又武久 著、VOYAGER)、『18人の金田一耕助』(山田誠二 著、光栄)、『横溝正史研究(1)〜(6)』(戎光祥出版)、『映画秘宝EX 金田一耕助映像読本』(洋泉社)、『「犬神家の一族」完全資料集成』(KADOKAWA)、『「悪魔の手毬唄」完全資料集成』(洋泉社)、『完本 市川崑の映画たち』(市川崑・森遊机 著、洋泉社)、『魂のシネアスト 高林陽一の宇宙』(高林陽一 著、ワイズ出版)、『僕らを育てたすごい脚本の人2 掛札昌裕インタビュー』(掛札昌裕 著、アンド・ナウの会)、『日本カルト映画全集・江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』(ワイズ出版)、『紋次郎も鬼平も犬神家もこうしてできた』(西岡善信 著、日本放送出版協会)、『世界の映画作家35 探偵映画の作家と主役』(キネマ旬報社)、『松本清張 映像の世界 霧にかけた夢』(林悦子 著、ワイズ出版)、『映画撮影とは何か キャメラマン四〇人の証言』(山口猛 編、平凡社)、『おかしな男 渥美清』(小林信彦 著、新潮社)、『映画の力』(古澤利夫 著、ビジネス社)、『作劇術 新藤兼人』(新藤兼人 著、岩波書店)、『日本映画を創った男―城戸四郎伝』(小林久三 著、新人物往来社)、『雨の日の動物園』(小林久三 著、キネマ旬報社)、『さらば映画』(小林久三 著、青樹社)、『消えた劇場 アートシアター新宿文化』(葛井欣士郎 著、創隆社)、『遺言 アートシアター新宿文化』(葛井欣士郎 著、河出書房新社)、『映画狩り』(山根貞男 著、現代企画室)、『出雲 尼子一族』(米原正義 著、新人物往来社)、『真山仁が語る横溝正史 私のこだわり人物伝』(横溝正史・真山仁 著、角川文庫)、『ロケ場所を探す仕事 黒澤明、千葉泰樹、市川崑、松林宗恵たちを支えたロケ係の話』(松枝彰 著)、『瀬戸内シネマ散歩』(鷹取洋二 著、吉備人出版)、『自殺』(中村和夫 著、紀伊國屋新書)、『「八つ墓村」は実在する』(蜂巣敦 著、ミリオン出版)、『津山三十人殺し 七十六年目の真実』(石川清、Gakken)、『津山三十人殺し 最後の真相』(石川清、ミリオン出版)、『津山事件の真実(津山三十人殺し)』(事件研究所)、『角川源義の時代 角川書店をいかにして興したか』(鎗田清太郎 著、角川書店)、『角川書店と私』(角川書店創立五十周年記念出版編纂委員会)、『全てがここから始まる 角川グループは何をめざすか HINC OMNE PRINCIPIVM』(佐藤吉之輔 著、角川グループホールディングス) 、『わが心のヤマタイ国 古代船野生号の鎮魂歌』(角川春樹 著、立風書房)、『黄金の軍隊 ゴールデントライアングルのサムライたち』(角川春樹 著、プレジデントブックス)、『いのちの思想』(角川春樹 著、富士見書房)『試写室の椅子』(角川春樹 著、角川書店)、『わが闘争 不良青年は世界を目指す』(角川春樹 著、イースト・プレス)、『生涯不良』(角川春樹・石丸元章 著、マガジン・マガジン)、『最後の角川春樹』(角川春樹・伊藤彰彦 著、毎日新聞出版)、『ワンマン 角川春樹の研究 出版人か映画人かタレントか』(山北真二、東京経済)『角川春樹の功罪 出版界・映画界を揺るがせた男』(山北真二、東京経済)、『角川事件の真実 推定有罪』(濱崎憲史・濱崎千恵子、角川春樹事務所)、『イカロスは甦るか 角川事件の死角』(森村誠一 編著、こうち書房)、『流され王の居場所 角川春樹論』(渡辺寛 著、富士見書房)、『出版社の運命を決めた一冊の本』(塩澤実信 著、出版メディアパル)、『ショーケン』(萩原健一 著、講談社)、『映画界のドン 岡田茂の活動屋人生』(文化通信 編著、ヤマハミュージックメディア)、『監督の椅子』(白井佳夫 著、話の特集)、『日本映画時評集成1976―1989』(山根貞男 著、国書刊行会)、『石上三登志スクラップブック 日本映画ミステリ劇場』(石上三登志 著、原書房)、『すばらしき仲間 2 テレビエッセイ』( CBC・イースト編、TBSブリタニカ)、『個人別領域別談話集録による映画史体系』(大竹徹 他 編、日本大学芸術学部映画学科)LP『すばらしき仲間』(TBS)、DVD『八つ墓村』(松竹株式会社)、Blu-ray『八つ墓村』(松竹株式会社)



前編はこちらから

中編はこちらから



文:吉田伊知郎(モルモット吉田)

1978年生。映画評論家。『映画秘宝』『キネマ旬報』『映画芸術』『シナリオ』等に執筆。著書に『映画評論・入門!』(洋泉社)、共著に『映画監督、北野武。』(フィルムアート社)ほか


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