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『ライトスタッフ』史実を元に作り上げた、フィリップ・カウフマンの脚色・演出術とは
XS-1の音速突破
映画は、WK28というコードのXS-1が実験中に墜落(*8)し、テストパイロットが命を失うという象徴的なシーンで幕を開ける。この場面に登場する黒い服を着た牧師(ロイヤル・ダノ)は、まるで死神のように不吉なシーンで度々登場することになる。
その葬式に出席していたイエーガー(サム・シェパード)は、エドワーズ空軍基地周辺の砂漠で馬を走らせていた時に、偶然XS-1の機体を目撃して興味を持つ。このくだりは、完全な映画的脚色だ。実際の彼は、上官からの命令で早くからこの計画に参加させられており、映画のようにいきなり翌日早朝に乗り込むということもなく、NACAの行う飛行計画会議にきちんと出席して、機体のメカニズムを完全に頭に入れていた。
また劇中では、伝説的女流飛行士で映画のスタントパイロットとしても有名な、パンチョ・バーンズ(キム・スタンレー)が経営するバー&レストラン「ハッピーボトムライディングクラブ」で、イエーガーの妻グレニス(バーバラ・ハーシー)が現れ、二人はまるで初対面であるかのように戯れる。(*9)
『ライトスタッフ』(c)1983 The Ladd Company. All.rights reserved.
作劇上、苦心の跡が感じられる場面だが、史実では両者が出会ったのは1943年で、2年後に結婚していた。したがって、イエーガーがXS-1に搭乗した1947年には、すでに二人の子持ちだった。
そしてイエーガーは、XS-1でマッハ1.06を記録し、あっさり音速を突破する。この前日(実際は2日前)に、彼はグレニスと馬で競争して落馬し、肋骨を骨折していた。そして右手に力が入らないため、航空エンジニアのジャック・リドリー(レヴォン・ヘルム)がモップの柄を切って、ハッチを閉める際の梃子として使うように彼へ渡す。なんかあまりにも作り話っぽく感じるが、意外にもこれはほぼ史実通りである。
さらに、XS-1パイロットの前任者であったスリック・グッドリン(ウィリアム・ラス)が、音速突破に挑戦するに当たり、15万ドルという法外なギャラを要求した描写は、(場所はパンチョの店ではなかっただろうが)ほぼ事実に基づいている。彼は、ベル・エアクラフト社と契約した民間人のテストパイロットだったから、当然その目的は金儲けだった。
しかしイエーガーが、自ら特別報酬を断ったという描写は事実ではない。彼は陸軍に所属していたから、仕事の危険度に関係なく、決まった給料(月283ドル)しか貰えなかっただけである。
イエーガーの自伝によると、彼の当時の暮らしはかなりの極貧状態だったようで、上官に対し「せめて女房に毛皮のコートを買ってやれるぐらいの報酬を頂きたい」と願い出たが、あっさり却下されていた。これは軍隊としての性質上、1人でも特例を認めると収拾がつかなくなるからだ。
*8 現実ではXS-1での死亡事故は起きておらず、あくまでも作劇上の創作である。だが後続として2機作られたX-2は、両機共に墜落しており、3人が亡くなっている。
*9 この場面で、イエーガーがグレニスにふられたと勘違いして声をかけ、パンチョに「およし。あれは彼の奥さんだよ」と、たしなめられる女性がいる。この女性を演じていたオーラン・ジョーンズは当時、サム・シェパードの妻だった。二人は1984年に離婚している。
マッハ2への挑戦
1953年、オクラホマから新人パイロットのクーパー(*10)が、選りすぐりのエリートパイロットたちが集まる、エドワーズ空軍基地に赴任してくる。彼の妻トルーディ(パメラ・リード)に対する口癖は、「最高のパイロットは? 目の前にいる男さ」だった。二人は「ハッピーボトムライディングクラブ」を訪れ、グリソムやスレイトン(スコット・ポーリン)、イエーガーらと知り合う。
当時、ここに出入りしていた民間人のスコット・クロスフィールド(スコット・ウィルソン)が、ダグラス・エアクラフト社のD-558-2でマッハ2の記録を出していた。
イエーガーは、再び世界一速い男の名誉を取り戻すために、新しく開発されたX-1Aに搭乗して、1953年12月12日にマッハ2.44を記録する。しかしその直後に、機体はきりもみ状態で落下し始め、墜落寸前で立て直しに成功した。
*10 この時期のクーパーは、ドイツのメリーランド大学に在籍中で、1954年からオハイオ州ライト・パターソン空軍基地のアメリカ空軍工科大学(AFIT)で2年間学んでいる。ここでクーパーは、すでにグリソムと出会っており、共に搭乗していたロッキードT-33が離陸に失敗し炎上させている。彼らがエドワーズ空軍基地に赴任してくるのは1956年からだった。