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『ライトスタッフ』史実を元に作り上げた、フィリップ・カウフマンの脚色・演出術とは

『ライトスタッフ』史実を元に作り上げた、フィリップ・カウフマンの脚色・演出術とは

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不幸だったグリソム



 1961年7月21日にマーキュリー・レッドストーン4号(リバティベル7)に搭乗して、2番目に飛行したのはグリソム(*20)だった。シェパードの弾道飛行と基本的に同じことの繰り返しで、マスコミの注目度は低かった。


 そして飛行自体は成功させたものの、着水時の操作ミスなのか、それとも誤動作(*21)なのか、新しく取り付けられた緊急脱出用ハッチの爆発ボルトが早めに作動してしまう。海水が船内に流れ込んできて、貴重なデータと共にカプセルは海底に沈んでいった。グリソムは溺れそうになるが、ヘリコプターにかろうじて救助される。


 彼はマスコミから非難され、ホワイトハウスに招かれることもなかった。そして、パトリック空軍基地の滑走路に臨時に建てられたテントで、NASA長官のジェイムズ・E・ウェッブから殊勲賞が授与されただけで、パレードも行われなかった。グリソムの妻ベティ(ヴェロニカ・カートライト)は、シェパードとのあまりの差に怒り出す。




 空軍のテストパイロットたちは、グリソムのヘマを馬鹿にするが、イエーガーだけは彼を褒め称えた。ここでカウフマンは、「実は彼も宇宙へ行きたがっていたのだ」と暗示的に描写する。そして、謎の火災(*22)で燃えてしまった「ハッピーボトムライディングクラブ」の焼け跡に佇むイエーガーに、妻のグレニスが「昔話を生きがいにする男は我慢できない」と語る。彼はX-1Aでマッハ2.44を記録した後、新たな記録には挑戦していなかったのだ。


*20 映画の最後にナレーションで紹介されるが、グリソムは輝かしきアポロ1号の船長に選ばれた。しかし1967年1月27日に、訓練中の火災事故で亡くなっている。アポロ1号の司令船の設計・製造を担当したノースアメリカン社は、マーキュリー・カプセルで使用されていたように外側に開き、緊急時には爆発ボルトで吹き飛ばせるハッチを使用することを進言し、飛行士たちもその設計を推奨していた。だがNASAは、グリソムが搭乗したリバティベル7の経験からこの提案を却下し、爆発ボルトを止め内側に開く形式を採用した。これがメーカーの主張通りの設計であれば、死亡事故は防げた可能性が高い。


*21 カウフマンはこの原因を謎のままにしているが、実際は誤動作だったことが翌年に分かっている。シラーがマーキュリー8号(シグマ7)で帰還した際に、手動でハッチを爆破する実験を行っているのだ。その結果、必ず手に打撲傷を負うことを証明し、グリソムの汚名を晴らした。ちなみに沈んだカプセルは、1999年7月20日に深度4,500mの海底から引き上げられている。


*22 この「ハッピーボトムライディングクラブ」が火災に遭う場面は、前後の説明がないため、航空マニアではない日本人には唐突に感じてしまう。これは、1952年にエドワーズ空軍基地に着任したスタンリー・ホルトナー准将と、パンチョのそりが合わないことから始まった。ホルトナーは厳格な性格で、パンチョが軍人たちに売春を斡旋しているという噂(ジェフ・ゴールドブラムが言う「本当に馬に乗るのか?」というセリフの意味)を信じていたのである。彼はFBIにパンチョの身辺調査を依頼するが、売春の証拠は挙がらなかった。


 やがて空軍は、滑走路の拡張計画にパンチョの土地が邪魔になるという理由で、立ち退きを命じてくる。パンチョは政府に対して訴訟を起こすが、その裁判の最中であった1953年11月13日に、彼女が所有していたダンスホール、レストラン、モーテル、バンガロー、バー、馬小屋、そして自宅など全てが全焼した。消防署は、燃焼促進剤を用いた複数個所の同時放火が原因と結論付けたが、犯人は現在でも特定されていない。また、彼女の立ち退きの理由のはずだった滑走路の拡張は、実際には行われなかった。



グレンの軌道周回飛行



 ソ連は1961年8月7日に、ゲルマン・チトフが乗るボストーク2号で地球を17周した。このことに再びショックを受けたアメリカ政府は、何としても軌道周回飛行を成功させなければならないと考えた。そこで、まだ安全性に不安が残るアトラスロケットの採用を決め、グレンに搭乗を命じる。


 当然、マスコミや政治家も大きくグレンに注目した。当時は今よりも、人権やプライバシーの概念が薄かった時代であるから、記者たちはズカズカと飛行士の自宅まで押し寄せた。とりわけ図々しかったのが、副大統領となったジョンソンだった。彼は、グレンの打ち上げを待つ妻のアニー(メアリー・ジョー・デシャネル)を利用して、全米のテレビ中継で自らの姿をアピールしようと目論んでいたのである。


 しかしアニーは、副大統領の訪問を頑なに拒んだ。なぜなら彼女は、吃音症というコンプレックスを抱えており、それを全国放送のテレビで知られることを恐れていたのだ。副大統領はNASA長官を通じて、グレンに妻を説得するよう圧力を掛けるが、グレンは「君が家に入れたくないのであれば、俺はそれでかまわん! 連中に行ってやれ。副大統領であろうと誰であろうと、俺たちの家に指一本でも入るな!」とアニーに電話した。この場面は、劇中の最も感動的なシーンの一つであるが、ほぼ事実に則している。




 そしてグレンは、1962年2月20日にマーキュリー・アトラス6号(フレンドシップ7)によって打ち上げられた。彼との連絡は、ケープ・カナベラルの管制センターと、世界各地18カ所に張り巡らされた追跡ステーションを通じて行われる。その1つである西オーストラリア・ムチアのステーションでは、クーパーが通信連絡係を担当していた。オーストラリア人たちは非常に協力的で、グレンを元気付けるためにバースとロッキンガムのほとんどの住人たちが、真夜中に照明を灯して応援した。この様子は、実際に宇宙から確認されている。


 だがカウフマンは、ここに少し創作を加えている。クーパーの話を聞いたアボリジニたちが、グレンの危機を感じ取り、祈祷を始める場面だ。彼らが焚くかがり火の炎から、赤い火の粉が舞い上がっていく。


 一方そのころ軌道上のグレンは、カプセルの窓(前回の飛行から取り付けられた)から地球の様子を観察していた。すると突然、カプセルが輝く粒子群に覆われる。映画では、まるでアボリジニたちによる、かがり火の赤い火の粉が宇宙まで届いたかのように、幻想的に美しく描かれている。ウソだと思う人もいるだろうが事実に基づいており、グレンはこれをホタル(*23)と呼んだ。




 フレンドシップ7は、7周以上地球を周回する予定であったが、2周目に着水時の衝撃緩衝用エアバッグのセンサーが異常値を示した。管制センターは、カプセルの熱遮蔽板が脱落しかかっていると判断し、3周までで打ち切ることを決定する。グレンは、当初何が起こっているか分かっていなかったが、管制センターが逆推進ロケットを切り離さずに再突入する指示を出したことで、事の重大性に気付く。管制センターは、装置を固定している結合索が熱遮蔽板の脱落を防いでくれることを期待していたのだ。


 グレンは、燃え上がる逆推進ロケットの破片が窓外を横切るのを見て不安に脅え、クセである「ヨドバシカメラの歌」(正しくは「リパブリック讃歌」)の鼻歌(*24)を歌って必死で気分を落ち着けようとする。だがその瞬間、カプセルは電離層に突入し、地上との連絡は一時ブラックアウトしてしまう。


 結局、熱遮蔽板に異常はなく、センサーの故障が原因であった。無事帰還を果たしたグレンはシェパード以上に英雄視され、アメリカ中から称賛を浴びて、ワシントンD.C.とニューヨークで大規模なパレードが行われた。


*23 映画では描かれていないが、この宇宙ホタルの正体は4人目のカーペンターによるマーキュリー・アトラス7号(オーロラ7)で明かされている。マーキュリー・カプセルと乗員の宇宙服には、水冷式の熱交換システムが取り付けられており、冷却水は船外に放出されるようになっていた。この冷却水は、カプセルが地球の影に入った時に船体に結露し、たちまち凍り付く。そしてカプセルが影から出ると、太陽熱で霜が剥がれてカプセルの周囲を浮遊し、日光を反射してキラキラと光り出す。


 このことは、カーペンターがカプセルの壁を叩いて故意に霜を剥がすことで確認された。だが彼は、この遊びに夢中になり過ぎて宇宙船の燃料を大幅に消費してしまい、かなり危険な状態で帰還している。


 ちなみにこの宇宙ホタルは、「船外に放出された宇宙飛行士の尿だった」という都市伝説がある。だが、2回目のリバティベル7以降に取り付けられたのは、宇宙服内の簡易的な排尿袋だった。マーキュリー・アトラス8号(シグマ7)では、ポンプで排尿袋から宇宙服外の保管バッグへ吸い出す機能は付けられたが、基本的に尿はカプセル内に留められた(大便は原則として我慢するのみ)。


 6人目のクーパーには、体調変化記録として保管バッグから一定時間毎にスポイトでサンプルを取り、別の容器に移すという仕事も与えられていた。だがこの作業はうまく行かず、小球体となってカプセル内を浮遊することになった。このやっかいな尿の船外放出機能が付けられたのは、次回のジェミニ計画以降であるため、これがマーキュリー計画における宇宙ホタルの原因というのはありえない。


 しかし汚物処理の問題は、アポロ計画でも根本的には解決していなかったため、いくつかの汚い逸話を残すことになった。その中でも注目されるのが、アポロ9号のラッセル・シュワイカート飛行士の回想で、「日没時、尿を司令船外に捨てた時の光景が軌道上で一番美しい景色だった」と語っている。つまり、マーキュリー計画における冷却水と同じ現象が、たしかに船外放出された尿で起きていたのである。このエピソードが、グレンの描写した宇宙ホタルと混同されてしまったというのが真相だろう。


 他にも、目の網膜に宇宙放射線が当たることで、光を感じたのではという説がある。これは実際にスペースシャトルや、国際宇宙ステーションなどでも確認されており、「閃光反応」と呼ばれている。しかし、宇宙船の窓外にだけ見えるということはなく、ホタルの群れが舞うような見え方もしない。


*24 グレンが鼻歌を歌うクセがあるという設定は、カウフマンの創作だが、病院での精液検査の時にトイレでクーパーに「鼻歌はやめろ!」と言わせて伏線にしている。そのトイレで歌っていたのは、それぞれ「アメリカ空軍の歌」と「海兵隊讃歌」である。



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