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『ライトスタッフ』史実を元に作り上げた、フィリップ・カウフマンの脚色・演出術とは
エンディング
映画のフィナーレは、クーパーによる1963年5月15日のマーキュリー・アトラス9号(フェイス7)の打ち上げシーンである。
映像は、空高く上昇していくアトラスロケットを追いながら、「ゴードン・クーパーはただ一人、どこまでも大空を駆け昇って、地球を22周、単独飛行をした最後のアメリカ人(*33)となった。束の間の一瞬、彼は文字通り世界最高のパイロットだった」というナレーションが流れる。
*33 この映画の公開時は、確かにクーパーが「宇宙を単独飛行した最後のアメリカ人」だった。だがその後、スケールド・コンポジッツ社の宇宙機スペースシップワンによって、マイク・メルヴィルが2004年6月21日に高度100.1kmを記録した。さらに2004年10月4日には、同じ機体でブライアン・ビニーが112.0 kmを記録して、民間宇宙船開発に対する賞金制度「Ansari X Prize」の賞金1,000万ドルを同社が獲得した。奇しくもこの日、クーパーが心臓発作を起こし77歳で死去している。彼の遺灰は、2012年5月22日にスペースX社のファルコン9ロケットで宇宙へ打ち上げられた。
公開後の反応
この『ライトスタッフ』は、1983年の第56回アカデミー賞において、作品賞、助演男優賞(サム・シェパード)、撮影賞、美術監督・装置賞でノミネートされ、4部門(編集賞、作曲賞、録音賞、音響効果賞)で受賞を果たしている。
だが興行成績は惨憺たるもので、2,700万ドルの製作費に対し2,119万ドルの売上げという、非常に残念な結果となった。そのためラッド・カンパニーは大打撃を受け、経営陣のほとんどは退職を余儀なくされている。
この原因として、上映時間3時間13分という長尺が考えられる。ちなみに日本では、2時間40分の短縮版として劇場公開されている。このカットにカウフマンはかなり怒っていたというが、実際に分析をしてみると、無駄なショット、無駄なセリフというのは、まったく存在しないのだ。むしろ3時間13分でも足りないとすら強く感じる。
また観客たちにとって、「宇宙を題材とした歴史モノ」というジャンルが新鮮過ぎたのかもしれない。当時はまだ、宇宙はSFやファンタジーの舞台だったのだ。
『アポロ13』予告
しかし、この作品がきっかけとなって、『アポロ13』(95)や『遠い空の向こうに』(99)、『ドリーム』(16)、『ファースト・マン』(18)、HBOのテレビシリーズ『フロム・ジ・アース/人類、月に立つ』(98)、トム・ハンクス製作・脚本のIMAX 3D映画『ウォーキング・オン・ザ・ムーン』(05)、BBCのテレビシリーズ『宇宙へ~冷戦と二人の天才~』(05)、ABCのテレビシリーズ『The Astronaut Wives Club』(15)、オーストラリア映画の『月のひつじ』(00)、ロシア映画の『宇宙飛行士の医者』(08)や『ガガーリン 世界を変えた108分』(13)、『サリュート7』(16)、『スペースウォーカー』(17)などといった、宇宙開発史をテーマとする映画が、確実に1つのジャンルを構成するようになった。この中に(有人ではないが)、邦画の『はやぶさ/HAYABUSA』(11)、『はやぶさ 遥かなる帰還』(12)、『おかえり、はやぶさ』(12)を加えてもいいだろう。
またフィクションにおいても、日本の劇場アニメ『王立宇宙軍 オネアミスの翼』(87)や、NHK連続テレビ小説『まんてん』(02~03)、テレビアニメ『ロケットガール』(07)、コミックを原作とする『ふたつのスピカ』(03~04アニメ版)(09ドラマ版)、『宇宙兄弟』(12映画版)(14アニメ版)のような作品に大きな影響を与えている。つまりそれだけ『ライトスタッフ』は、映画史における影響力を持った作品だったということだ。
現在は、ナショナルジオグラフィック・チャンネルが、全10話からなるテレビシリーズ版『The Right Stuff』を製作中で、おそらく描かれなかったマーキュリー計画の他のエピソードや、X-15、X-20といった計画にもスポットが当てられるのではないかと期待される。製作総指揮を務めるのは、レオナルド・ディカプリオだ。
【参考文献】
■トム・ウルフ 著: 「ザ・ライト・スタッフ‐七人の宇宙飛行士(中公文庫)」中央公論社 (1983)
■チャック・イエーガー/レオ・ジェイノス 著: 「イエーガー音の壁を破った男」サンケイ出版 (1986)
■加藤寛一郎 著: 「空の黄金時代: 音の壁への挑戦」東京大学出版会 (2013)
■佐藤靖 著: 「NASA‐宇宙開発の60年(中公新書)」中央公論新社 (2014)
■的川泰宣 著: 「月をめざした二人の科学者‐アポロとスプートニクの軌跡(中公新書)」中央公論新社 (2000)
■John Noble Wilford 著: 「'THE RIGHT STUFF': FROM SPACE TO THE SCREEN」The New York Times (Oct. 16, 1983)
■的川泰宣/高柳雄一 監: 「宇宙博2014‐NASA・JAXAの挑戦‐」NHK/NHKプロモーション/朝日新聞社 (2014)
■日達佳嗣 著: 「映画で楽しむ宇宙開発史」鳥影社 (2019)
1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経てフリーの映像クリエーター。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(94)でエミー賞受賞。最近作はNHKスペシャル『スペース・スペクタクル』(19)のストーリーボード。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、映画雑誌、劇場パンフ、WEBなどに多数寄稿。デジタルハリウッド大学客員教授の他、東京藝大大学院アニメーション専攻、早稲田大理工学部、日本電子専門学校、女子美術大学短大などで非常勤講師。
『ライトスタッフ』
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