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『ライトスタッフ』史実を元に作り上げた、フィリップ・カウフマンの脚色・演出術とは

『ライトスタッフ』史実を元に作り上げた、フィリップ・カウフマンの脚色・演出術とは

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宇宙飛行士のスカウト



 政府の命を受けたリクルーターたちは、“ライトスタッフ”(正しい資質)を持った宇宙飛行士の候補者を空軍のテストパイロットから探すべく、1957年に「ハッピーボトムライディングクラブ」を訪れる。(*11)


 だがイエーガーやクロスフィールドらトップパイロットたちは、ただカプセルに入っているだけという任務を「缶詰のスパムになる」と馬鹿にして、まったく取り合おうとしなかった。また軍人や大卒という条件も、イエーガーやクロスフィールドは満たしていなかった。(*12)


 リクルーターたちは、候補者の範囲を海軍や海兵隊にも求め、508人の応募者を集めた。そして過酷な身体検査(*13)と適性試験が繰り返され、59人から最終的に7人が選ばれる。1957年4月9日、彼らはNASAの本部に詰めかけた記者たちを前に会見(*14)を行った。




 こうしてメンバーは決まったものの、肝心のロケットの完成は遅れに遅れていた。マーキュリー計画では、地球周回軌道飛行用に空軍のアトラスロケットを用いる予定だった。しかし元々アトラスは、大陸間弾道弾(ICBM)用に設計されていたため外板が薄く、何度も爆発事故を繰り返していた。


 そこで仕方なく、陸軍弾道ミサイル局(ABMA)が開発したレッドストーンロケットが用いられることになる。これは元々、ナチスドイツのV2ロケットを改良した短距離・地対地ミサイルであり、推力はわずか34tしかなかった。


 NASAは、このロケットを用いたマーキュリー・レッドストーン2号に、訓練されたチンパンジーの“ハム”を乗せて1961年1月31日に打ち上げ、無事地球に帰還させた。(*15)


*11 1957年の時点では、グリソムはすでにオハイオ州デイトンのライト・パターソン空軍基地に移動になっており、クーパーやスレイトン、イエーガー、クロスフィールドらといたというのは作劇上のウソ。


*12 この場面で「イエーガーは大学を出ていない」と言うハリー・シェアラーの背後に立って、彼にウイスキーを勧める老人はイエーガー本人である。カウフマンは彼にカメオ出演を依頼し、最初「ハッピーボトムライディングクラブ」の年老いたバーテンダーのフレッドを演じてもらったが、この役を追加した。さらにテクニカル・コンサルタントとしても協力してもらっている。


*13 病院での検査シーンにおいて、大男の看護師ゴンザレス(アンソニー・ムニョス)は、コメディアンのビル・ドナが演ずるホセ・ヒメネスというキャラクターを、シェパードがモノマネしたことに怒っている。つまりこのモノマネは、メキシコ出身のメスティーソ(白人と中南米先住民の混血)に対する人種差別ネタだったのだ。シェパードは浣腸を我慢しながら、病院の長い廊下とエレベーターをゴンザレスに引き回される。これは後の、お漏らしシーンへの伏線にもなっている。


 だが、人種差別的な表現はカウフマン自体もやっており、スコット・ビーチ扮するロケット技術者が、ひどいドイツ訛りで話すのは、ペーパークリップ作戦でアメリカに連行された、ドイツ人科学者であることをからかっているからである。実際、主任科学者のモデルになったヴェルナー・フォン・ブラウンは、あんなに訛っていない。この表現に対し本物のシラーは、「ドイツ人たちを侮辱している」と怒っていたそうである。


*14 この記者会見の場面で、ランス・ヘンリクセン演ずるシラーは、口数の少ない暗い男として演出されている。だが実際のシラーは陽気で、いつもふざけているようだが、マーキュリー計画中もっとも完璧な飛行を行った人物でもあった。


 一方で、1人マイクを独占して長々と演説するグレンは、超音速でアメリカ大陸横断飛行に成功した人物として当時から有名だったが、この会見でのスピーチで記者たちをさらに魅了した。カリスマ性を持つ彼は、1964年にNASAを辞めて実業家に転進し、1974年から1999年まで上院議員を務めた。さらに1984年には、民主党大統領予備選挙に出馬したが途中で敗退している。そして1998年10月29日には、スペースシャトル(STS-95)で再び宇宙へ出て、9日間滞在した。彼はこの時77歳であったが、これは宇宙飛行における高齢者の可能性を示したと評された。映画『ディープ・インパクト』(98)に登場したベテラン宇宙飛行士のスパージョン“フィッシュ”タナー(ロバート・デュバル)は、グレンをモデルにしている。


*15 劇中では触れられていないが、このハムの飛行は散々なものだった。ハムは、スイッチを的確に操作すればバナナ味の丸薬が貰え、誤って操作すると電気ショックが与えられるように訓練されていた。しかしカプセルの故障が相次ぎ、きちんとスイッチを押しているにも係わらず、ずっと電気ショックが与えられ続けることになった。また、飛行時の最大加速度は8Gと計算されていたが、実際は14.7Gを超えていた。さらに、着水も失敗してカプセルが破損し、中に大量の海水が流れ込んで溺れかかっている。そのため救助された時は、怒り狂って噛みつきまくったそうである。この話は、カナダCBCのドキュメンタリー『One Small Step: The Story of the Space Chimps』(03)で詳しく描かれている。↩



米国人初の宇宙飛行



 ソ連は1961年4月12日に、アメリカに先駆けて世界初の有人宇宙飛行(*16)を実現させる。そのパイロットとなったユーリイ・ガガーリンは、ボストーク1号で1時間48分かけて地球を1周した。


 またしてもソ連に後れを取ったアメリカは、とりあえずレッドストーンロケットで“人間”を打ち上げることにする。レッドストーンの推力では、わずか15分程度の弾道飛行が限界だったため、マーキュリー・カプセル(*17)には窓がなく、自力で脱出可能なハッチもない。おまけに宇宙服には排泄機能すら用意されなかった。


 マーキュリー・セブン全員の関心事は、「誰が最初に宇宙に行くか」だった。大方の予想はグレンだったが、実際に、米国初の宇宙飛行士に選ばれたのはシェパード(*18)だった。




 こうして1961年5月5日に、マーキュリー・レッドストーン3号(フリーダム7)の彼の初飛行が行われる。しかし発射台で長時間待機させられる内に、尿意が限界(*19)に達し、我慢できなくなって宇宙服内に放尿せざるを得なくなる。映画で描かれたのはここまでだが、シェパードはオムツすら履いていなかったため、その尿は全身に回ってしまった。おまけに発射台での姿勢は、背を下にした状態で座っているから、尿は背を伝ってヘルメットの近くまで流れ込んできた。


 こんなトラブルがありながらも、あっという間に飛行は終り、シェパードは英雄として祭り上げられる。そして、ケネディ大統領からホワイトハウスで殊勲賞が授与される。


*16 この場面で、「Star City, Russia」というスーパーが出る。しかしスターシティとは、宇宙飛行士の研究・訓練施設があるモスクワの町の名前である。だが、実際にボストーク1号が打ち上げられたのは、カザフスタン共和国のバイコヌール宇宙基地だった。これは演出というより単なるミスだろう。


*17 映画に登場するマーキュリー・カプセルは、実際のNASAの金型から作られた正確なものだった。


*18 シェパードはアポロ14号の船長に選ばれ、マーキュリー・セブンの中で唯一月面に降り立った。映画の中でも「俺は絶対、月に行く」というセリフを言わせている。


*19 彼の尿意を暗示させるショットの積み重ねが、笑えると同時にこちらまで他人事ではない気にさせてくれる。言葉に頼らないサイレント映画的手法だが見事だ。この経験からNASAは、次のグリソムのために、女性用パンティ・ガードルにコンドームを取り付けた尿受け器具を急遽“開発”した。



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