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『ミクロの決死圏』手塚漫画からシットコムまで、影響を与えた作品たち(後編)

(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

『ミクロの決死圏』手塚漫画からシットコムまで、影響を与えた作品たち(後編)

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『ミクロの決死圏』あらすじ

脳内出血の重症を負った科学者の命を救うため、想像もつかない治療法が試みられる。外科手術不可能と診断されたその患部に、手術担当員を細菌大に縮小して送りこみ、体の内側から手術しようというのだ。制限時間は1時間、果たして作戦は成功するのか?



 前編に続き、60年代SFの傑作『ミクロの決死圏』について述べる。今回は、この映画に影響を与えたと言われる作品や、科学考証の問題点、現実の医学に与えた影響、二次的作品やインスパイアされた作品、リメイクの計画などについて解説する。


Index


『鉄腕アトム』の影響説



 日本でこの『ミクロの決死圏』が語られる時、必ずといっていいほど話題にされるのが「『鉄腕アトム』の第88話「細菌部隊の巻」(*1)から影響を受けているのではないか」という説である。


 この噂をハッキリ肯定しているのがアトムの原作者である手塚治虫氏自身で、「季刊 映画宝庫6『 SF少年の夢』1978年4月号」において、石上三登志氏との対談でこう語っている。


手塚:『ミクロの決死圏』の場合は完全に、『鉄腕アトム』の影響を負って作ったものだという自負がある。これはNBCインターナショナルのドッドという男が、ある日突然、「手塚さん。うちの権利において、つまり『アストロ・ボーイ』が上映している間は、すべての権利がアメリカの場合NBCにある。で、私の方の権利で、とにかくこれは台本送りましたから、後はどうなるかは、私の方で見守って逐一知らせますから』と報告があった。その時に、向こうのプロデューサーか何かの名前言ったんですよね。


 この時ぼくは、まさかそれを使うとは思わないものですから、それを参考にして、しかもその前後に同じように『2001年宇宙の旅』のキューブリックからも手紙があったものですから、「みんな見とるわい」とまあ非常に優越感みたいなもの感じまして、それなりに眼をつぶっちゃったわけです。今から考えると、眼をつぶらないで、いくらか取るべきだったかと…。


『鉄腕アトム』


石上:いやいや、それはもう…(笑) 「何が『スター・ウォーズ』で『未知との遭遇』か。もうすでに、ほらタイトルを見ろ、『ミクロの決死圏』と『2001年宇宙の旅』にオサム・テヅカって入ってるじゃないか」って、僕らが言いたかったということで(笑)。


手塚:でもまあ、『ミクロの決死圏』の場合は、完全な僕の台本ではなく、盗作ですからね、あれは。盗作だから文句のいいようがないわけですよ。


石上:あれは日本では『鉄腕アトム』の「細菌部隊の巻」ですね。


手塚:そうです。あれを向こうが見た。あれ、ごらんになりましたか。


石上:もちろん見ました。


手塚:似てる所あるでしょ。心臓の音が聞こえる所とか、耳の裏を通る所とか、あの辺のムードは、完全にそうなんですね。


(中略)


石上:で、その結果が『ミクロの決死圏』ですからね。なんでまた、その辺の権利をいい加減になさったのですか(笑)。


手塚:なんでしたのかなぁ。


石上:われわれ、SF映画のファンとしても、歯ぎしりするぐらいに悔しいのは、その辺の事ですね。


手塚:しかもドッドからね。「手塚さん、これは我々の権利として一応送りましたから、後のことは我々に任せて下さい」と言われた。あの時ね、もう少し、ねばっこく追及すればよかった。


石上:せめてね、サジェステッド・バイ・オサム・テヅカズ・コミックとか何とか、タイトルに入るはずですよ、当然。


手塚:だけれど、NBCが権利を持っているのだから、本来から言うとNBCの名が先に出るわけですよ。そこまで詳しく出せるかどうか分からないけれども、少なくともNBCの名前は出すべきですよ。どうしようもないなあ。僕としても、もう言いようのないことだし。


 実際、『鉄腕アトム』の「細菌部隊の巻」が日本国内で放映されたのは1964年9月26日であり、『ミクロの決死圏』の米国封切りは1966年8月24日である。問題は、「本当に『ミクロの決死圏』の関係者が「細菌部隊の巻」を観たのか?」についてだが、これが今一つハッキリしない。手塚氏の発言に出てくる「NBCインターナショナルのドッドという男」というのは、NBCエンタープライズ社のジム・ドッド氏のことだろう。彼は実際に、アトムの放映に関わっていた。


 ちなみに、『鉄腕アトム』の吹き替え監督を担当したフレッド・ラッド氏の、「アニメが「ANIME」になるまで‐『鉄腕アトム』、アメリカを行く」によると、米NBCは全193話中、最初の52本だけを『ASTRO BOY』と題して、1963年秋からニューヨークで放映している。


 基本的に日本では、第1話から最終回まで毎週一気に放映するが、当時の米国では一旦52本だけを第1シーズンとして放映し、その後三年間はこれを何度もリピート放送した。しかも全国一斉ではなく、系列局ごとにバラバラのタイミングで放映されている。


 そういった習慣の違いから、第53話以降も購入して欲しいと望む虫プロと、難色を示すNBCの間で話し合いが持たれ、とりあえず残りのエピソードの内52本(欠番あり)、合計104本を買い上げることになった。「細菌部隊の巻」は、この第2シーズンの中に入っており、そのため具体的な米国での放映日は不明である。


 だがこれだけでは、『ミクロの決死圏』がアトムに影響されたことを、肯定も否定もできない。しかし、1964年10月10日から24日まで開催された、東京オリンピックが関係している可能性はないだろうか。つまり、原案・脚本のオットー・クレメントか、 ジェローム・ビクスビイのどちらかが、オリンピック開会式の2週間ほど前に来日し、たまたまホテルで「細菌部隊の巻」を観てヒントを得たということも考えられるのだ。


 さらに熱心な手塚ファンならば、「原型となったマンガの「吸血魔団」(48)や「38度線上の怪物」(53)などがあるではないか」と言うだろう。たとえ「細菌部隊の巻」を観ていなかったとしても、こういった作品からアイデアを頂いた可能性も(極めて考え辛いが)まったくのゼロとは言えない。


『ミクロの決死圏』(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.


 だが、人間をミクロ化させるというのは、元々ハリウッド映画には非常にありがちな題材なのだ。例えば、マッドサイエンティストが物質縮小装置を発明するという映画には、トッド・ブラウニング監督の『悪魔の人形』(36)や、アーネスト・B・シェードサック監督の『ドクター・サイクロプス』(40)などがあるし、放射能の霧と殺虫剤の複合的影響で身体が無限に縮み続ける恐怖を哲学にまで昇華させた、リチャード・マシスン原作、ジャック・アーノルド監督の『縮みゆく人間』(57)もある。テレビドラマなら『縮小人間ハンター』(1959)という、SFスパイシリーズがあった。


 さらにファンタジーまで範囲を拡げれば、ジョージ・パル監督による『親指トム』(58)や、ディズニーの実写ファンタジー『四つの願い』(59)で用いられた小人の特撮表現など、ヒントになったと思われる作品はいくらでも発見できる。


*1 『鉄腕アトム』の第88話「細菌部隊の巻」のストーリーは「金星から帰還して不時着したロケットから、唯一の生存者が発見される。しかしその体内には、地球侵略を企む宇宙人が細菌サイズで潜伏していた。ロケット内部から発見された宇宙船を調べると、彼らが物質縮小液を用いたことが分かる。アトムとヒゲオヤジはその縮小液を浴び、70時間だけミクロ化して、生存者の体内探査に出発した。しかし体内にいた宇宙人たちに捕らえられ、人間の弱点を調べる研究材料にされる。だが宇宙人の反乱軍に助けられ、アトムは白血球の活動を抑制していた装置を破壊する。押し寄せた白血球によって、宇宙人は一気に全滅し、アトムたちは脱出に成功。宇宙飛行士も回復する」というものだった。アトムたちを助けてくれた、反乱軍の宇宙人たちを犠牲にしているにも係わらず、そのことに一切触れない脚本には疑問を感ずる。


 だが臓器の内壁細胞の描写など、モノクロ映像ながらリアリティのある背景画には、医学的なこだわりを感じる。実際、この回の演出に手塚治虫自身がどこまで関わっていたかは分からないが、医学博士としてのアドバイスはしていただろう。




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