2021.03.18
70年代政治スリラーから着想された〈現代の不安〉
純粋に愛国を謳うヒーローとしてのキャプテン・アメリカが成立しない時代において、脚本家のクリストファー・マルクス&スティーブン・マクフィーリーは、主人公のキャプテン・アメリカ/スティーブ・ロジャースを徹底的に追い込むことにした。彼のアイデンティティを剥ぎ取り、周囲への信頼感を奪い、親友の死さえ信じられないようにしたのである。栄光のヒーローとしては受け入れられないが、「陰にひそむ孤独な存在ならばキャプテン・アメリカでもヒーローになれる」とはマルクスの談だ。
マルクス&マクフィーリーの二人は、絶体絶命からの逆転劇を描くため、ファイギの希望に沿って1970年代の政治スリラーを参考にした。影響を受けた作品として挙げられているのは、『コンドル』(75)や『パララックス・ビュー』(74)、そして『マラソン マン』(76)。とりわけ『コンドル』との間には、全体の展開や構成、登場人物の造形などに多くの共通点を持つ。
『コンドル』予告
監督のアンソニー&ジョー・ルッソは、これらの作品に当時の社会性や時代精神が反映されているところに惹かれたという。1960年代後半から1970年代の半ば、アメリカではベトナム戦争に突き進む政治への不信感などから、体制への反抗心や批判精神をそなえたアメリカン・ニューシネマが隆盛を迎えており、『コンドル』『パララックス・ビュー』はこの流れを汲む作品として位置づけられる。『コンドル』はCIA局員のジョー・ターナーが同僚たちの殺害事件をきっかけに命を狙われ、やがて局内の腐敗に切り込んでいく物語。また『パララックス・ビュー』は、議員暗殺事件の目撃者が続々と不審死するという謎の事態に、新聞記者のジョー・フレイディが迫るというサスペンスだ。
ルッソ兄弟は『キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー』を1970年代風の政治スリラーに仕立てるにあたり、現代(2012~2013年当時)の時代精神を作品に注入することを試みた。1970年代に東西冷戦やベトナム戦争などがあったなら、2010年代には対テロ戦争の脅威がある。もっと言えば、それは対テロ戦争に臨む自国への不安だ。
「21世紀はデジタルで読み解ける。銀行記録、医療記録、投票パターン、メール、電話、テストの得点。[中略]アルゴリズムが人々の過去を分析し、未来を予測する」。実はヒドラの一員だったS.H.I.E.L.D.のエージェント、ジャスパー・シットウェルが口にする言葉だ。ヒドラの目的は、あらゆる情報に基づいて敵対者を遠隔殺害すること。この設定には、政府による国民の情報監視の脅威や、米大統領が「キル・リスト」と称されるリストに基づいてアフガニスタンやパキスタンの危険人物をドローンで攻撃させている(※注1)という事実が反映されている。ルッソ兄弟は、ウィキリークスによる米軍機密情報の流出や、無人攻撃機をめぐる話題が作品に影響したことを認めているのだ。「危険人物が100人いるとして、安全のために彼らを殺すのか。1,000人ならどうか。もし100万人いたとしたら?」。現実の無人攻撃機による爆撃が、多くの民間人の命を奪っていることも忘れてはならない。
そして本作は、「スノーデン事件」の発生によってさらなるリアリティを帯びる。2013年、国家安全保障局(NSA)の元職員エドワード・スノーデンによって、NSAが国民の通話やメールを傍受しているという事実が暴露されたのだ。あろうことか実際のアメリカ政府が、劇中のS.H.I.E.L.D.やヒドラと同じく、テロ対策という名目で国民を監視していたのである。しかも、スノーデン事件が発生したのは本作の撮影開始から6週間後の出来事。脚本家も「スノーデンまでは予測していなかった」と述べているが、いずれにせよ本作は“この時代”を的確に捉えた物語となったのである。
(※注1)無人攻撃機による爆撃は、ジョージ・W・ブッシュ政権から始まり、バラク・オバマ政権、ドナルド・トランプ政権でも継続された。攻撃の回数は、ブッシュ、オバマ、トランプと代が変わるごとに増えている。