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『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 前編

©大島渚プロダクション

『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 前編

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『戦メリ』へと継承される幻の大島作品



 8月10日にクランクインを予定していたが、大島は満足のいく脚本が完成していないことを理由に延期を求めた。しかし、もとより公開日の決まった〈ケツカッチンの映画〉だっただけに、製作延期は不可能だった。8月3日、東京の東映本社で岡田茂社長と面会して事後処理について話し合い、大島の降板が正式に決定した。数日後、新聞には大島の敗戦の弁が掲載された。


「見にくる人はロッキード事件や児玉誉士夫についての、これまで明らかにされていない部分が映画になると思うだろう。その期待を裏切ってはいけない、そう思っていろいろ調べはしたのですが、うまく行かなかった。やはり大手の映画会社の封切り日を決めての量産方式では不可能ということですね」(「夕刊 読売新聞」79年8月6日)


 いっぽうの岡田社長は、「大島君は黒幕の実録的な面をねらい出したかったようだが、うちとしては『日本の首領』の姉妹編を作ろうという考えだった。わかりやすくいえば通俗ドラマで、彼は通俗ドラマでは満足しないということだろう。シナリオはあるので封切り日は変えず、別の監督で作る」(「朝日新聞・夕刊」79年8月6日)と語り、急遽、降旗康男が監督に立った。脚本は高田の書いたものを使用して映画は完成したが、大島の提案が随所に残る作品だけに東映としては異色の――というよりも奇妙な残り香を感じさせる作品になった。こうして3か月にわたって準備された大島渚版『日本の黒幕』は幻となって潰えた。


 大島の降板決定直後、日下部プロデューサーは、しみじみと「大島さんはリッチだからなぁ」と呟いた。その言葉を額面通り受け取って、ここで大島の収入に触れておくと、『戦メリ』が公開された頃には、「バラつきがあるけど、やっと一千万円を超えましたよ。経済的には女房の方が多いです」(「週刊現代」83年6月25日号)と大島は語っているが、もちろん、ここで日下部が言っているのは、収入の多寡ではない。金のために仕事をしないという姿勢についてである。妻が女優の小山明子であり、テレビ出演で多忙になる前の大島の生活と映画製作の費用を、彼女が物心両面で支えていたが、意に沿わない仕事はやらないという大島の強い意志は、監督デビュー当時から変わらなかった。実際、『日本の夜と霧』で決裂した松竹には、契約途中だったことから違約金を払って退社したこともある。


 日下部が大島を招いただけに、公開までのスケジュールが切迫する中での降板は、大きな痛手となったはずだが、〈声をかけてくれる会社〉と大島に言わしめるほど度量が広い東映のプロデューサーだけあって、「彼の中に政治信条とはまた別の、一種右翼的な心性を見ていたから、やくざ映画を撮って貰いたい気持ちに変わりはなかった」(「シネマの極道 プロデューサー一代」)という。その言葉通り、この後、懲りることなく再び別の企画を大島に持ち込んでいる。それが山口組組長の田岡一雄を描くドキュメンタリーだった。大島は『忘れられた皇軍』をはじめ、ドキュメンタリーの分野でも多くの作品を手掛けており、その手腕で田岡を描けば画期的な作品が生まれた可能性もあったが、田岡の急逝(1981年)によって立ち消えとなった。


 なお、『日本の黒幕』で少年テロリスト役に決まっていた三上博史のもとには、大島から詫びの手紙が届いた。三上によると、直筆で「今回、僕はホンを投げてしまいました」とあり、「あなたのよい未来をお祈りします」と書かれていたという。ここから3年後、20歳になった三上は再び大島の新作オーディションに向かうことになるが、それはまた後の話だ。


 降板から2週間後の8月17日、映画評論家の松田政男から「国文学」(1979年11月号)誌上でインタビューを受けた大島は、「次にやりたい仕事はもう決まっている」と明かし、それは「〈戦争〉があらわにした人間と人間の関係を、やってみたいなと思っている」と予告した。


 それから10日後、大島は新作脚本の第1稿を書き上げた。『影の獄にて The Seed and the Sower』と仮題のついた脚本は、やがて『戦場のメリークリスマス』と改題されることになる。


 『愛のコリーダ』以降の大島映画は、遺作の『御法度』(99)に至るまで現代日本を舞台にすることはなかった。60年代にあれほどヴィヴィッドに同時代を捉えていた大島の視線が現代に向くことはなかったと言われるが、それは実現した映画だけを見た結果にすぎない。『日本の黒幕』は、60年代に暴力を、70年代に愛をテーマにしてきた大島が両者を融合させ、来たるべき80年代に向けて作ろうとした〈愛と暴力の祝祭〉を描いた映画だったのではないか。そのテーマは『戦メリ』にも継承されてゆくことになるだろう。




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