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『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 前編

©大島渚プロダクション

『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 前編

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『影の獄にて』がもたらした映画化への啓示



 1978年の暮、書店でヴァン・デル・ポストの「影の獄にて」(思索社)を手にした大島渚は、腰巻きに書かれた「ジャワ日本軍捕虜収容所での日本軍人ハラと英国軍人ローレンスの逆説的な出会い、戦友セリエと弟との秘話があかす人間の裏切りと愛」という文言に直感を憶えた。映画監督としての勘と言って良い。ジャワという地名や登場人物たちの立ち位置が大島の嗅覚を刺激したのだ。巻末の訳者による後書きに、作者の実体験が基になっていると書かれていたことで、迷うことなく買い求めることにした――これは映画になるという確信と共に。この瞬間から『戦場のメリークリスマス』は始まった。


 一読して直感に間違いがなかったことを感じた大島は、直ぐに映画化したいと思い立ったが、それまでの大島映画には原作付きの作品は少ない。大江健三郎「飼育」、山田風太郎「棺の中の悦楽」、武田泰淳「白昼の通り魔」、白土三平「忍者武芸帳」、中村糸子「車屋儀三郎事件」くらいのもので、『飼育』(61)、『白昼の通り魔』『愛の亡霊』は秀作になったが、オリジナル企画の映画の方が、大島らしい傑作が多い。


「すでに一人の作家によって完全に想像力が発揮されている原作ってのは、どうもあまりやる気になれない」(「国文学」79年11月号)


 そう語る大島は、映画化する余地のある原作を選んできたとも言えるが、「影の獄にて」を映画にすれば、日本人監督が日本人と外国人を演出するという形式になり、原作と逆転する構図になる。そこに映画ならではの想像力が発揮できると考えたのかもしれない。


 また、時を同じくして、日本映画に戦争映画大作の時代が到来しようとしていたことにも目を向ける必要があるだろう。東映が1980年に公開した『二百三高地』は、その2年前、『愛の亡霊』でカンヌから大島が凱旋した直後に、製作が報じられている。「日刊スポーツ」(78年7月5日)には、東映が来年早々『乃木大将と日露大戦争』(後の『二百三高地』)の撮影を開始し、続いて第二部『大日本帝国』、第三部『大日本帝国の崩壊』が製作予定であることが記されている。事実、4年後には『大日本帝国』(82)が作られ、さらに当初の企画とは変更されたものの『日本海大海戦 海ゆかば』(83)が3作目として作られており、1978年時点で、東映では向こう5年間の〈戦争映画大作計画〉が立案されていたことが分かる。


 興味深いのは、東映東京撮影所所長の幸田清が、「過去、約三十本の戦争映画があるが、みんな反戦映画。今回の大作は戦争賛美でも反戦でもない、楽しめる歴史上の人間ドラマにする」と記事中で発言していることで、来たるべき80年代は日本の戦争映画が転換点を迎えようとしていたことを予感させる。実際、80年代に入ると、東映にとどまらず東宝も『連合艦隊』(81)で大作戦争映画戦線に参入することになる。


 こうした状況が訪れることを、目端が利く大島は1978年に、すでに敏感に感じ取っていただろう。これまでも大島は、日本の戦争映画が日本人だけを描き、敵を描かないことに不満を持っていた。戦争は敵がいるからこそ起きるものである。日本人と敵を対等に描く戦争映画――それを可能にするのが『影の獄にて』だった。それは同時に、日本軍の敵兵への残虐行為にも目を向けることを意味した。


 こうした感覚を、大島以外にも持つ監督はいた。時間は前後するが、『戦メリ』が製作発表会見を行った直後の1982年8月1日の「報知新聞」は、大映が山本薩夫監督で『悪魔の飽食』を映画化し、東宝系で公開予定という記事を掲載している。同作は、731部隊を描いた森村誠一の同名原作をもとにしたもので、山本の「第二次世界大戦の三大犯罪は、ユダヤ人虐殺、原爆、それにこの細菌部隊だと思う。戦争賛美映画が出てきて、危険な傾向にある現在、若い人に戦争の恐ろしさをもっと知らせなければ」というコメントが添えられているが、脚本は完成していたが翌年の山本の逝去により未映画化に終わった。しかし、80年代の日本の戦争映画が、一方で日本の戦争犯罪にも目を向け始めていたことが、この企画からもわかる。




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