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『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 前編

©大島渚プロダクション

『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 前編

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原作からの改訂、重なる改稿



 さて、大島が書店で単行本を手にしてから半年あまりがすぎた1979年8月24日付けで、ヴァン・デル・ポストならびに出版社と映画化契約を調印。この年の夏、大島は東映で『日本の黒幕』の準備に忙殺されていたが、前章で記したような経緯で降板が正式決定したのが8月3日。『影の獄にて』を脚色した第1稿脚本を書き終えたのが8月27日。実際の執筆期間は不明だが、おそらく大島は、この3週間ほどの時間を集中的に『影の獄にて』の脚本執筆に――少なくとも完成稿を書き上げる時間に充てたのではないだろうか。映画会社からオファーされた『日本の黒幕』を途中降板したからには、大島には自ら企画した『影の獄にて』の映画化を実現させることでしか次回作の芽はなかったからだ。


 この第1稿は、完成した映画とは大きく異なるものになっている。最も大きな違いは原作と同じく、〈わたし〉という一人称が狂言回しとして登場することだろう。映画の脚本としては異例の一人称については冒頭に注釈が付いており、「勝手な名前をつけて原作の格調をそこなうことを怖れたためであり、いずれ原作者と相談の上、適当な名前をつける予定である」という説明がある。


 冒頭はアンボン島の山の頂で、日本軍から降伏を求められた英国軍の将校セリエ(映画ではセリアズ)が単身山を降りて日本軍捕虜収容所へ向かうところから始まる。以降は〈わたし〉を中心として収容所所長のヨノイ大尉との様々なエピソードと共に、セリエの回想で弟との記憶(映画で描かれたものよりも、かなり長い)や、彼がパレスチナ、南アフリカへと転戦してゆく姿が描かれ、最後はつかの間の帰郷で弟と和解する。


 映画ではビートたけしが演じたハラ軍曹も登場しないものの、セリエがヨノイを止めるために頬ずりをするクライマックスをはじめ、『戦メリ』の原型を思わせる場面が随所に書き込まれている。しかし、ラストシーンは完成した映画とは全く異なるものになっている。第1稿脚本のラストシーンを引用しよう。


74 日本の山の神社

 ヨノイが、日本帰還を報告している。

わたし「(声)ヨノイはそのあと婦女子収容所の所長をつとめ、戦後、戦犯として逮捕され、極刑を覚悟していた。その時、わたしの友人が、通訳として立ち合った。ヨノイは彼に、身体検査の際没収された、この世で何よりも大事なものを取り戻して、故郷へ送ってくれないかと頼んだ。それは身体検査をした係官が思いちがいをしたのであって、女の髪ではなく、彼が今までに会ったなかで、いちばん立派な男の髪の毛である。わたしの友人は受け合った。しかし、ヨノイには死刑判決はくだらず、懲役七年となり、四年後特赦された。わたしの友人は保管しておいた金髪をヨノイに送ってやった。折返し深い謝辞をしるした手紙が送られてきた。例の髪は神社の聖なる神火に捧げた、と。そして、祖霊に読んで頂くべく奉納したという詩が、書きそえてあった。

春なりき。

彌高き御霊畏こみ、

討ちいでぬ、仇なす敵を。

秋なれや。

帰り来にけり、祖霊前、我れ願う哉。

嘉納たまえ、わが敵もまた」


(脚本『(仮題)影の獄にて The Seed and the Sower』第一稿より)

 

 このラストシーンは、その後、脚本の改稿が進むにつれて、削除と復活を繰り返しながら、最終的には唯一の国内シーンとして撮影を予定していたものの撮られることはなかった。『戦メリ』を最後まで観れば、このラストシーンが無くなった理由を察することができるはずである。




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