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『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 後編

©大島渚プロダクション

『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 後編

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「メリー・クリスマス、ミスター・ローレンス」



 ヨノイが俘虜全員を閲兵場に集める場面が撮影された9月4日は、撮影開始から2週間目だった。夜、大島は演出部と成島で、島に唯一ある中華料理で食事したり、ホテルのバーではボウイが主催するパーティが行われるなど、翌日が撮休ということもあり、リラックスした時間が流れた。この日は週に3回だけ島に来る飛行機が到着する日でもあった。その飛行機で島に降り立ったのが、行方不明のKの妻だった。報せを受けてから直ちに島へ向かおうとしたが、飛行機の便が少なく、ようやくこの日、ラロトンガ島へたどり着いたのだ。


 夫の捜索は、島の警察は土日が公休であることから、月曜に捜索願いを出し、9月4日から17日にかけて行われた。実際には、この期間中の8日間が捜索に費やされ、「警察官の他にボランタリー関係の民間人、非番の俳優やスタッフ、ロケに随行してきた外人スタッフの奥さんも協力し、期間中には、隣接する四つの無人島にまで捜索範囲を拡げている」(「噂の眞相」83年4月号)というものだったという。しかし、総勢50人ほどが参加して行われた捜索は空振りに終わり、Kの痕跡は全く見つけることが出来なかった。この行方不明事件は地元の新聞でも大きく取り上げられ、狭い島のことだけに大きな話題になったという。


 一方、撮影も佳境に入り、9月10日は夕方から、ラストシーンとなるハラの独房での撮影となった。砂浜に石垣で囲まれた6畳ほどの空間が作られている。戸田美術監督の独創性が発揮されたセットだ。戦後、死刑が確定したハラの独房にロレンスが訪ねてきて翌日の処刑を前に別れを告げる場面の準備中、たけしは剃髪を申し出た。数日前にこのシーンのハラの台詞が英語へと変更され、この2、3日特訓を受けて望むことになったが、本作の全てが集約された場面だけに、剃髪は期するものがあったのだろう。



『戦場のメリークリスマス』©大島渚プロダクション


 長回しの多い本作の中では異例の25にも及ぶカットを撮るだけに、撮影は深夜まで続いた。最後の会話を終えて去ろうとするロレンスに、ハラは「ろーれんす!」と日本語のアクセントで怒鳴りつける。そして振り向いたロレンスに向かって、ハラは最後の言葉を口にする。このときの画面いっぱいのアップは、顔を印象的に映し出してきた本作の中でも屈指の名カットとなった。このカットを撮るとき、大島は珍しくテイクを重ね、たけしにもっと大きな声に出来ないかと求めた。そして、あの叫ぶような、泣き出しそうな、哀しみと喜びと友人への親しみがないまぜになったかのような表情と声で、「メリー・クリスマス、メリー・クリスマス、ミスター・ローレンス」という台詞がフィルムに刻まれた。撮影終了は午前2時35分。


 翌々日の13日、ハラが俘虜を飛行場建設へと連れて行くシーン97が、たけしの最後の出番となった。約250人の外国人エキストラが参加する大がかりな撮影となったが無事終了し、たけしはそのまま帰国の途についた。8月28日からこの日までは、たけしありきのスケジュールで進められたため、かなりの強行軍となったが、それでも時間のかかる映画の撮影は、たけしに大島の演出をじっくり観察させる時間をもたらしたようだ。


 6年後、『その男、凶暴につき』(89)を北野武名義で監督した際、事務所のシーンで、美術スタッフが装飾した室内の備品をどんどん画面内から取り除くように指示し、とうとう机ひとつだけを残して、ガランとした空間に変えてしまったことがあった。これと同じことが『戦メリ』の現場でもあった。司令室で酔ったハラが「ろーれんすさん、ふぁーぜる、くりすます」とふざけながら話す、たけしの軽妙さが際立つ場面の撮影時のことだ。大島はヨノイの机の上に置かれた数々の調度品を次々に取り除き、硯箱のみを残して本番となった。その光景を撮影が始まるまで待機していたたけしは、じっと見ていたに違いない。初期の北野映画に大島映画との類似が指摘されることが多かったのは、こうした映像への美的感覚の共通項を見ても明らかだろう。




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