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『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 後編

©大島渚プロダクション

『戦場のメリークリスマス』大島渚×デヴィッド・ボウイ×ビートたけし×坂本龍一 異色の戦争映画が実現するまでの軌跡 後編

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機材事故が生み出した名ショット



 『戦メリ』と言えば誰もが思い浮かべるのが、ヨノイにセリアズが頬ずりするカットだろう。この撮影が行われたのは9月15日。3つのアングルから撮影されたが、デヴィッド・ボウイの背中越しに坂本龍一の顔がアップになるカットのみ、後に現像したフィルムを試写したところ、この瞬間だけ何故かフィルムの回転に異常が起き、1秒間24コマの映像のうち8コマしか使える状態になかった。めったに起きる事故ではない。撮影監督の成島が推薦した照明のKの失踪といい、最も重要なカットでの機材トラブルといい、『戦メリ』は成島にとっては呪われた撮影だったのだろうか。実際、撮影中の成島は体調を崩し、帰国後は入院を余儀なくされるほど疲労困憊していたが、本作の映像の美しさが今も語り続けられていることを思えば、精神的にも肉体的にも限界に近い中で撮影監督として渾身の力を振り絞って撮られたようだ。


 そして、幸いなことに――というよりも窮余の一策として取られた、活かせるフィルムのコマを伸ばして使うことで、あの頬ずりカットのコマ落としのような効果が生まれた。アルフレッド・ヒッチコックの『裏窓』で、グレース・ケリーがジェームス・スチュワートにキスするときに突然映像がコマ落としになるのと双璧の忘れがたい名カットは、あたかも意図的に行われたように見えるが、事故が生んだ怪我の功名だった。



『戦場のメリークリスマス』©大島渚プロダクション


 このシーンの撮影で、頬ずりされて卒倒したヨノイを後ろから支え、猛然とセリアズに飛びかかったのが当時20歳の三上博史である。3年前に東映で大島が監督する予定だった『日本の黒幕』で大役の少年テロリストに抜擢されたものの大島の降板によってご破算となり、待ちに待った大島映画への出演が、この瞬間だった。脚本にしてわずか1行の役しか振り当ててもらえず、最初は腐っていたが、寺山修司の取りなしに気持ちを入れ替えてラロトンガ島へ向かい、この一瞬のために3週間にわたって待ち続けていた。


 後に三上は、「すごく楽しかった。あれを越える現場ってのは味わったことがない」(「映画愛 俳優編」)と語っている。ひたすら撮影現場をじっと観察し、ロレンスを演じるトム・コンティの緻密な演技を見ているときに大島から「勉強になるだろう。日本の役者さんはなかなかこういうスマートな芝居が出来ない」(「イメージフォーラム」83年5月号)と話しかけられたこともあった。まだこの時点では俳優としてやっていく覚悟が出来ていなかった三上だが、本作を経て俳優として大きく飛躍し始める。なお、三上はこの撮影の後、自費でニュージーランドへの旅へ出るために撮影隊と別れた。




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