RA&A設立者コン・ペダーソン
ペダーソンは、『2001年宇宙の旅』では特撮ショット全般の統括責任者だったが、目立つことを嫌う性格(*13)で、その真逆であるトランブル(*14)の名前だけが知られるようになってしまった。
ペダーソンはUCLA映画テレビ学科に在学中、そのセンスが見込まれてディズニーに雇用される。彼が最初に担当したのは、テレビシリーズ「ディズニーランド」における宇宙ドキュメンタリーの1本、『月世界探検』(55)のアニメーターだった。この番組は、月探査計画を実写特撮で描くもので、ロケット工学者のヴェルナー・フォン・ブラウン(*15)が監修している。
『Man and the Moon』
1959年にペダーソンはグラフィック・フィルムズに入社した。同社は元ディズニーのレスター・ノヴロスが設立したプロダクションで、精密アニメーションやミニチュア特撮を用いて、軍やNASA、航空会社向けのPR映画を作っていた。
そしてこの会社でペダーソンが監督を務めたのが、ニューヨーク世界博覧会(64~65)のトランスポーテーション&トラベル・パビリオンで上映されたCinerama360方式のドーム映像『To the Moon and Beyond』(月とその彼方へ)(*16)だった。この作品では、新人のトランブルがイラストレーターを務めている。
同作の終盤部分は幻想的な展開となるのだが、このシーンを手伝ったのが実験映像作家のジョン・ホイットニーだった。彼は1958年に、アニメーションスタンドとアナログコンピュ-タを組み合わせたモーションコントロールカメラを自作した。そしてこの装置を用いて、ヒッチコック映画のタイトルバックなどを作っていたのだが、その助手を務めていたのがエイブルだったのである。ホイットニーは『To the Moon…』にもモーションコントロールカメラを用いており、この時にペダーソンはエイブルと仲良くなった。
*13 筆者は1995年に、ロサンゼルスのメトロライト・スタジオを訪問している。するとそこにはペダーソンがいて、驚くことに『沈黙シリーズ第3弾/暴走特急』(95)のCGアニメーターを現役で務めていた。そこで長年の疑問であった、「『2001年宇宙の旅』の特撮を仕切っていたのはトランブルではなく、あなたですよね?」という質問をした。ペダーソンはただ一言、「その話を、僕の女房の前で話してくれないか…」と、か細くほほ笑んだ。
*14 トランブルは業界向け雑誌「American Cinematographer」(June, 68)に、“Creating Special Effects for 2001: A Space Odyssey”という記事を個人名で寄稿し、この映画の特撮をあたかも自分が中心に行ったという印象を人々に与えた。この身勝手な単独行動にキューブリックは怒り、両者の関係は悪化する。その怒りが爆発したのは1984年で、キューブリックは業界向け日刊紙「The Hollywood Reporter」に、「トランブル氏は『2001年宇宙の旅』の特殊効果の責任者ではない」という全面広告を掲載した。
*15 ペダーソンは1956年に陸軍に徴兵されるが、配属されたのが偶然にもロケット研究を行っているレッドストーン兵器廠だった。彼はフォン・ブラウンのグループに参加し、本物のロケットエンジニアたちの指導を直接受けながら、月探査や火星探査計画のイラストレーションを手掛けた。この時の同僚には、後に『2001年宇宙の旅』のプロダクションデザイナーとなるハリー・ラングや、科学コンサルタントを務めるフレデリック・I・オードウェイ三世もいた。
除隊後は修士号を得るためにUCLAに戻り、夜間にディズニーで宇宙ドキュメンタリーの『火星とその彼方』(57)の脚本を書いている。この作品にもフォン・ブラウンの指導で描かれたパラソル型イオンロケットによる火星探査計画や、極めて想像力に富んだ火星生命体の想定映像が表現されている。
*16 最近YouTubeなどに『To the Moon…』の映像だというものがUPされているが、これはNFB(カナダ国立映画局)が制作した教育映画『Universe』(60)である。実際の『To the Moon…』は、70mm 10P 18fpsのフィルムを、魚眼レンズを用いてドームスクリーンに上映する極めて特殊なものだった。そのためグラフィック・フィルムズ社によると、ネガもプリントも現存していないそうで、わずかにスケッチ画やメイキング写真のみが残されているだけだ。
現存する資料を元に、そのストーリーを復元してみるとこうなる。「冒頭、巨大な宇宙船が、月を超え外宇宙へ向かう。そして観客は、渦を巻く銀河、超新星爆発、暗黒星雲のガスから新たな星が誕生する過程など、様々な天体の振る舞いを加速させたアニメーションで、これらの現象を体験する。映画は再び地球へ戻り、ロッキー山脈、広大な森の中、海の底、そしてアリの巣穴へと、観客を案内していく。そして視点はさらにミクロとなり、細胞の内部、DNAの構造、分子や原子、さらには原子核の世界と向かう…」こういった内容の18分間の映像が、テレビシリーズ『ミステリー・ゾーン』(59~64)でお馴染みのロッド・サーリングのナレーションで解説される。後にチャールズ&レイ・イームズ夫妻が作る名作『パワーズ・オブ・テン』(68/77)を、強く連想させる内容でもある。この映像が『2001年宇宙の旅』に影響を与えたことについては、この記事を参照していただきたい。