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『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』原作から最新作『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』まで「スコット・ピルグリム」の歴史大解説 ※注!ネタバレ含みます

(c)Photofest / Getty Images

『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』原作から最新作『スコット・ピルグリム テイクス・オフ』まで「スコット・ピルグリム」の歴史大解説 ※注!ネタバレ含みます

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日本漫画へのオマージュと引用



 その1つが、オマリーが触れてきたゲームや漫画、音楽などのサブカルチャーへの言及・引用・オマージュを大量に投入することである。そもそもタイトルであり主人公の名前でもある「スコット・ピルグリム」が、カナダのバンドであるプラムツリーの「スコット・ピルグリム」という曲が由来であることからも明らかだろう。「少女革命ウテナ」(97)「新世紀エヴァンゲリオン」(95)『AKIRA』(88)、ゲーム「ソニック・ザ・ヘッジホッグ」「ストリートファイター」「クロノ・トリガー」「スーパーマリオブラザーズ」、「スマッシング・パンプキンズ」「ボブ・ディラン」「ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース」etc... まさに「おもちゃ箱をひっくり返したような」という言葉がぴったりなほど、作中の名前やロゴのデザイン、攻撃の技など、様々な場所にサブカルチャーの引用・オマージュが大展開されている。


 そして2つ目は「マジックリアリズム」的なアプローチを用いるというやり方。倒されるとコインになって消える邪悪な元カレたちに始まり、あたり前のように異空間にポータルを作れるヒロイン、セーブポイントが現れるライブハウス、『天空の城ラピュタ』(86)のように宙に浮かんでいる大学、巨大ロボットが乱入しても誰も驚かないパーティ会場の面々、「この巻も4分の1まで来た」などに代表されるメタ発言の数々など、荒唐無稽な光景が、現実のトロントをベースにした世界に何の説明もなく、さも当たり前のように溶け込んでくる。言うなれば「サブカルのマジックリアリズム」的な手法を用いているのが大きな特徴であり、独特の味を生み出しているのだ。


 3つ目が、欧米のインディーズコミックに日本の漫画手法を持ち込む(オマリー氏の言葉を借りるのであれば)「ハイブリッドを作る」というアプローチ。この「ハイブリッドを作る」にあたり欠かせない2作品がある。まず1作品目は高橋留美子の「らんま1/2」(87~96)。「らんま1/2」はオマリー氏が「スコット・ピルグリム」を執筆するにあたり「最大かつ最強の影響」を受けた作品と公言しており、同作の感覚をカナダに持ち込みたかったとも語っている。その影響はコミックを見れば明らか。腕っ節が強い主人公と複数の女性のラブコメ(一種のハーレムもの)というモチーフはそのまま「らんま1/2」であり、主人公が色々なシチュエーションで戦いを繰り広げなくてはならないのも「らんま1/2」からの影響が見て取れる。



『スコット・ピルグリム VS. 邪悪な元カレ軍団』(c)Photofest / Getty Images


 少年漫画のラブコメの感覚を欧米のインディーズ漫画の文法に持ち込んだことよる独自性は特筆に値するだろう。映画版はナイヴスとラモーナとの三角関係が基本軸だったが、コミック版ではスコットの元恋人であるエンヴィー・アダムズやキム・パインとの恋愛も深く掘り下げられ、さらに新たなキャラクターとして高校時代の友人リサ・ミラー(映画版だとセリフのみ言及)というキャラクターまで登場し恋愛を盛り上げていく。日本の少年漫画よりは性愛の要素など突っ込んではいるが、そこまでドロドロはしていない恋愛描写の絶妙なバランス感覚は唯一無二の味わいだ。この「ラブコメ」の要素は巻数を重ねるごとに強くなっていき、それに呼応するかのごとくコマ割りや絵柄のデフォルト具合がどんどん日本の漫画のように変化。最終巻はほぼ日本の漫画といっても差し支えないものになっている。(オマリー氏曰く、3巻と4巻の間に手塚プロダクションが製作していた手塚治虫の伝記漫画を読んで影響を受けたことも大きいそうだ)


 そして2作品目が、相原コージと竹熊健太郎による「サルでも描けるまんが教室」(89〜91)だ。日本の漫画事情を漫画のhow to本という形で評論しているギャグ漫画だが、オマリーは「Lost at sea」の執筆中にルームメイト経由でこの漫画を知った。オマリーは「スコット・ピルグリム」の構想を練っている時に、日本の少年漫画のエッセンスを取り入れようと考えていたが、当時はまだ日本漫画の翻訳があまりされておらず、日本の少年漫画は「らんま1/2」以外あまり読んだことがなかった。そんな彼にとって「サルでも描けるまんが教室」は、「日本漫画への真のガイドになる可能性がある」ものだった。もちろん漫画の中で紹介している事例はギャグ漫画的に誇張されたものという認識はありつつも、「スコット・ピルグリム」を描くにあたっての着想の材料にしたのである。


 「邪悪な元カレ軍団」という設定は、前述した彼女のエピソードに加えて、この「サルでも描けるまんが教室」もインスピレーションの一つとなっている。「サルでも描けるまんが教室」では、少年漫画のウケる要素として、ストーリーは基本的に”勝負の串団子(勝負の繰り返し)”であると説明されており、それを踏まえて1巻ごとに邪悪な元カレ軍団と戦うというアイディアを生み出したのである。


 このようにして描かれた「スコット・ピルグリム」であったが、2004年8月に発売された第1巻「Scott Pilgrim's Precious Little Life」の初期注文数は前作の「Lost At Sea」より少なかった。それにより、オマリーは食い繋ぐために友人に紹介してもらったレストランで働きながら2巻目を描かなくてはならなった。しかし、幸運なことに次第にクチコミが広がっていき2巻目以降はどんどんセールスをあげていった。




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