実話に基づくエピソード
筆者は、02年にニコル監督にインタビューする機会があったのだが、幸い当時の音声データが残っていた。その中から注目すべき発言をピックアップしてみたい。
-冒頭でタランスキー監督が、赤いチェリー味のキャンディーを選り分けている場面には笑ってしまいましたが、これはあなたの経験から来たエピソードなのですか?
ニコル:私自身の経験ではありませんが、あるポップスターが、実際に要求した話に基づいています。でも映画の中で、ニコラが要求する数々の無理難題は、現実の俳優たちが言ってくることより、はるかにトーンダウンさせています。なぜなら、現実そのままを描いても、観客は信用してくれないからです。トレーラーの大きさにこだわる話など、ハリウッドにはああいったホラーストーリーが溢れているんです。
この話は、ニコラが契約書に『赤いチェリー味の“マイク・アンド・アイク”をすべて取り除くこと』という理不尽な条項を入れていたというシーンについてだ。これによって観客は、彼女の無茶な要求に必死に応じようとしているタランスキーの不遇な立場に共感できる。そして、この「チェリー味を取り除く」という指示が、後の「すべてが完璧で監督の思い通りになるデジタル・スター」の誕生をより際立たせる対比となっていく。
あらすじ②
数日後、自宅であるビーチハウスで、電話を掛けまくるタランスキーの足元には、女優たちのポートレートが散乱していた。電話の相手は俳優エージェントだったが、彼の悪評が知れ渡っており、誰1人出演を承諾する者は見付からない。そこへ突然、訪問者が現れる。債権者が押しかけて来たと思ったタランスキーは逃げ出すが、彼は「ハンクからの遺言で、ある物を渡すように言われただけだ」と言って去っていく。
タランスキーが包みを開封してみると、中身はハードディスクだった。彼が自宅のPCにセットしてみると、自動的に「SIMULATION ONE」というソフトが起動し、「モニターから離れるように」という警告文が表示される。そして、女性のフォトリアルな映像がレンダリングされていった。
9か月後、劇場で完成したタランスキー作品『サンライズ・サンセット』の試写が行われていた。そこにはあの“ヴァクトレス”が生成した女優「シモーヌ」が、ニコラに代わって演じていたが、観客は誰も不自然さに気付かず、涙を流す者もいる。そして誰より、娘のレイニーが深く感動していた。試写終了後、タランスキーの周りに評論家たちが集まり、一斉に女優の美しさを称える。これはレイニーも同様だったが、誰一人作品の出来には触れなかった。
映画が公開されると、たちまち全世界がシモーヌの完璧な美しさに魅了される。ファンたちはスタジオに押し掛け、批評家も彼女に熱狂して大絶賛を送る。エレインもタランスキーに、「シモーヌを連れてきて」とプロデューサー権限で圧力を掛けるが、彼は「彼女は非常に内向的で人前には出たがらない。メディアから距離を置き、芸術にだけ情熱を傾けて隠遁生活を送っているからムリだ。他の製作会社に移籍してしまうぞ」と拒否する。