ニコル監督にインスピレーションを与えた日本のCG
ではニコル監督は、どうしてヴァーチャル俳優を題材に選んだのだろう。ここで少しCGの歴史を振り返りつつ、先ほどの筆者によるインタビューも引用してみたい。
-CGが本物の人間に取って代わるというアイデアの映画として、マイケル・クライトン監督の『ルッカー』(81, 日本劇場未公開)(https://cinemore.jp/jp/erudition/3958/article_3960_p6.html#a3960_p6_1)がありますが、ごらんになっていますか?
ニコル:いいえ、知りません。どんな話なんでしょうか?
-CMモデル専門の整形外科医が、本物の人間をデジタイズしてヴァーチャルモデルを作り、そのCG俳優を使って、テレビから視聴者に暗示を与えるという陰謀サスペンスでしたが、話に無理がありすぎました。だから今回の『シモーヌ』の方が、ずっとリアリティがあります。
ニコル:なるほど。どうもありがとう。
-それでは、映画『ファイナルファンタジー』(01)(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%8A%E3%83%AB%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%83%BC_(%E6%98%A0%E7%94%BB))を意識されましたか?
ニコル:私の関心は、「CGでリアルな人間を作れるかどうか」ではありません。なぜならそのことに関しては、まったく疑問の余地なく、可能だと思っているからです。だから私が興味を持ったことは、そういうものが生まれてしまった時の、人々の反応の方です。ですから『ファイナルファンタジー』とは、意図するものが違うと思っていました。むしろ、あなたに聞きたいことは、ダテ・キヨコのことです。彼女を知っていますか?
-伊達杏子のことですね。DK96とも言います。彼女の作者である小坂達哉君(現・Wonderful Works 取締役)は、『ファイナルファンタジー』にも参加していますよ。
伊達杏子「Love Communication」MV
ニコル:そうなんですか。実は『トゥルーマン・ショー』を作っている時に、その話を聞かされて、すごく気になっていたんですよ。日本で詳細を知りたいと思っていたんですが、日本の記者に質問しても、誰も知らないって言うんです。
CGアニメーションで人間を描写した最初の例は、エドウィン・キャットマル(*2)とフレドリック・パークが、ユタ大学で72年に制作した『Halftone Animation/Computer Animated Faces』だ。
87年にはクライザー=ウォルザック・コンストラクション社(*3)が、CGキャラクターをタレントとして売り込んでいく計画を立て、Synthetic(合成・人造)とThespian(俳優)を組み合わせて「シンセスピアン」(Synthespian)という造語を生み出し、『Sextone for President』(88)や『Don't Touch Me』(89)などの短編を制作している。しかし米国では、大きな反響を生むことはなかった。
一方90年代の日本では、エクス・ツールス社のShadeシリーズや、リンクス・コーポレーションのPersonal LINKSといった国産CGツールを用いて、3DCGの個人制作が流行していく。そして、あくまでも静止画だったが、イラストレーターの加藤直之氏が「沈黙の美女」(91)というシリーズを発表する。この作品がきっかけになり、Shadeで美女を作る人たちが大量に出現して、ヴァーチャル美少女ブームが巻き起こる。(*4)
こういった動きは米国でも報道され、SF作家のウィリアム・ギブスンは、サイバーパンク小説「あいどる」(96)に、投影式ホログラムによるヴァーチャル・アイドルのコンセプトを登場させている。その描写は「"アイドル歌手"です。名前は投影麗(レイ・トーエイ)。彼女は仮想人格、ソフトウェア・エージェントの累積、情報デザイナーの創作物です。ハリウッドで"シンセスピアン"と呼ばれているものの近縁だと思います」(訳:浅倉久志)としている。つまり『シモーヌ』の前にも、それなりの下地は存在していた。
*2 キャットマルは、18年までピクサー・アニメーション・スタジオと、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの社長を兼任している(19年7月まで顧問として留任)。
*3 クライザー=ウォルザック・コンストラクション社は、社名をシンセスピアン・スタジオと改め、VFXプロダクションとして活動を続けている。
*4 実は筆者もNICOGRAPH’92に、フォトリアルなCG女性の制作に関する論文「力学計算による、頭髪のアニメーション表現」を、ビルドアップ社の奥澤泰治君や富士通の上田明彦君らとまとめ、論文コンテストで入賞を果たすが、「アニメーションとして発表すること」という条件が提示される。しかし、頭髪シミュレーションのソルバーがPersonal LINKSでは重すぎた。そこで、ビジュアルサイエンス研究所が資本参加していた、柏崎イメージファクトリー所有のシリコングラフィックスIRIS Crimsonというハイエンド・スーパーワークステーションを使わせてもらいに行く。この時、そこで働いていたのが小坂達哉君だった。後に奥澤君も小坂君も、映画『ファイナルファンタジー』に参加している。