『シモーヌ』はピグマリオン型映画の一種
『シモーヌ』を理解する上で重要なのは、この物語が“ピグマリオン型映画”の系譜に属している点だ(そのことをレイニーのノートPCの画面で暗示していた)。
そもそも、ギリシア神話の「ピグマリオン」の内容は、「現実の女性に失望していたキプロス島の王ピグマリオンが、理想の女性像を求めて象牙を彫刻していく。やがて彼は自らの彫刻に恋をし、そこから離れられずに衰弱していく。その想いの深さを知った女神アフロディーテは、彫刻に命を吹き込み、ガラテアという女性を誕生させると、ピグマリオンは彼女を妻に迎える」というものだ。
この神話にインスピレーションを受けた映画を“ピグマリオン型映画”と呼ぶのだが、それには大別して二つのグループがあり、一つは下層の身分、もしくは平凡な女性を輝かせるというタイプの作品だ。
その原型は、1913年にウィーンで初演されたバーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』で、映画化されてアンソニー・アスクィス/レスリー・ハワード監督の『ピグマリオン』(38)になる。また56年には、ブロードウェイ・ミュージカル『マイ・フェア・レディ』へ発展し、それの映画版『マイ・フェア・レディ』(64)もオードリー・ヘプバーンの主演で大ヒットした。
さらにこの系統には、実業家がコールガールを上流社会に通用する女性へと変貌させる『プリティ・ウーマン』(90)や、学校一の人気者が冴えない女子生徒をプロムクイーンに仕立て上げる『シーズ・オール・ザット』(99)などがある。一方、ヒッチコック監督の『めまい』(58)も、主人公が亡き女性に似た別の女性を見付け、服や髪型を強制的に変えさせて、理想像を再現しようと執着する話であり、ピグマリオンのダークなバリエーションと考えられる。
もう一つのグループが、人工物に生命を与えようとする、神話のプロットを直接的に反映した作品群だ。例えば、オタク少年二人がコンピューターを使って“完璧な女性”を作り出すコメディ『ときめきサイエンス』(85)、マネキン人形に古代エジプト人の霊魂が宿って動き出すラブコメ『マネキン』(87)、主人公が声だけのAI型OS「サマンサ」に恋をし、その人格を育てる『her/世界でひとつの彼女』(13)、美しい女性型ロボット「エイヴァ」を創り出し、その知性と感情をテストする過程で人間が翻弄される『エクス・マキナ』(15)、自分が「シンセ」(合成人間)であることを知らされずにいた女性が、人間に恋心を抱く『ホンモノの気持ち』(18)などが挙げられる。本作はこの系統に属していると言えよう。
1980年より日本エフェクトセンターのオプチカル合成技師。1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経て、フリーの映像クリエーター。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(94)でエミー賞受賞。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、映画雑誌、劇場パンフ、WEBなどに多数寄稿。プロ向け機関紙「映画テレビ技術」で長期連載中。東京藝大大学院アニメーション専攻、日本電子専門学校などで非常勤講師。主要著書として、「3D世紀 -驚異! 立体映画の100年と映像新世紀-」ボーンデジタル、「裸眼3Dグラフィクス」朝倉書店、「コンピュータ・グラフィックスの歴史 3DCGというイマジネーション」フィルムアート社
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