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『ミクロの決死圏』60年代『2001年宇宙の旅』以前、群を抜くクオリティの傑作SF (前編)

(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved.

『ミクロの決死圏』60年代『2001年宇宙の旅』以前、群を抜くクオリティの傑作SF (前編)

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肺胞・内耳・脳



 ベネシュ博士が蘇生された瞬間、プロテウス号に大きな衝撃が襲ってきた。すると、しっかり固定されていたはずのレーザーガンがスタンドから外れ、重要な部品を損傷してしまう。グラントは、修理のために無線機からパーツを流用することを提案するが、これは外部との交信が遮断されることを意味していた。彼は、船内に潜むスパイが、レーザーガンを外れやすくしていたと判断する。


 そしてそれに追い打ちを掛けるように、プロテウス号のエアタンクが空になっていることが判明。グラントは外に出て、肺から直接空気を採取することを提案する。彼は、シュノーケルのチューブを肺胞に挿入しようとするが、呼吸の圧力でどうしてもうまく取り込めない。そこで内部への潜入を試みるが、何者かがグラントの命綱を緩め、肺胞の奥深くへ吸い込まれてしまう…。


 この場面では、オーエンス艦長を除く全員が初の船外活動を行う。彼らは血漿に浮いて泳いでいるという設定だったが、セットが巨大だったため、水中撮影は不可能だと判断された。そのためラズロは、ドライ・フォー・ウェット(水を使わずに水中シーンを撮影する方法)で行くと決め、レンズに取り付けたフォグフィルターと、3倍(72fps)の高速度撮影で水中効果を表現している。


『ミクロの決死圏』(C)2017 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC. All Rights Reserved. 


 空気の補給を終えたプロテウス号は胸膜を通ってリンパ管に入る。だがリンパ節内で、海藻の林のように入り組んだ細網細胞をくぐり抜けることになった。ここで大きく手間取ったため、最短コースである内耳を通って患部に向かうことにした。


 だが内耳は、外から入る空気の振動を増幅させる機能があるため、細菌サイズの彼らには、わずかな音でも命取りに成りかねない。プロテウス号が蝸牛を通過中、突然エンジンが過熱して止まってしまった。吸入口に細網繊維が詰まったのが原因だと分かり、オーエンス艦長とレーザーの修理を行うデュヴァル博士を残して、船外で除去作業を行うことになる。


 だがCMDF本部の手術室で、看護師が誤って床にハサミを落とし、その振動が蝸牛内に大きな衝撃を発生させる。激しく跳ね飛ばされたコーラは、コルチ器有毛細胞に絡まってしまった。すると、もがき続ける彼女に免疫系が反応し、抗体に全身を覆われてしまう。


 内耳のセットは、幅21m、長さ30m、高さ9mであった。問題となったのは、俳優をどうやって浮遊させ、個別に空中回転させるかで、高度なワイヤーアクションが求められた。そのため、ブロードウェイのミュージカル「ピーターパン」で知られるピーター・フォイが、フライングエフェクト・スーパーバイザーとして雇われ、特殊な回転リグを開発した。


 また、撮影機材を担当するキーグリップのマーティン・クシャックは、ブームアームに特殊なアタッチメントを取り付け、ドリーと連動させて、高い視点から三次元方向に移動できる機構を作り上げた。この装置も浮遊感の表現に大きく役立っている。


 コーラに襲いかかる抗体は、予め彼女に貼り付けておいた抗体の模型をワイヤーで引き剥がし、フィルムを逆回転させることで表現されている。


 プロテウス号は、ようやく脳内の患部に到着する。だがタイムリミットまで、わずか6分しかない。マイケル博士が反対する中、デュヴァル博士とコーラ、グラントらは船外に出て、レーザー治療を開始する。すると敵側のスパイだったマイケル博士が、オーエンス艦長を殴って気絶させ、3人を見捨ててプロテウス号で逃亡を図る。


 グラントは、レーザーでプロテウス号を打ち落とし、船内からオーエンス艦長を救出する。だが、白血球がプロテウス号を異物だと認識し、外から押し潰してきて、マイケル博士も餌食となってしまった。残った4人は、視神経を伝って涙腺に向かい、ギリギリで脱出に成功する。


 脳のセットは、幅30m、長さ61m、高さ11mという巨大なものだった。ニューロン(神経細胞)は、まずグラスファイバーで芯を作り、そこに廃屋セットのクモの巣などで用いられる、コブウェブ・セメント(*8)という特殊な接着剤を、スプレーガンで吹き付けて造形されている。さらに電飾と、アニメーションのスーパーインポーズで、ニューロン間を伝わる信号が表現された。


*8 25%のサランF120樹脂を、メチル・エチル・ケトンで溶かした溶液。


【参考文献】

L. B. Abbott 著: “Special Effects: Wire Tape and Rubber Band Styles ”The ASC Press (1984)

アイザック・アシモフ 著: 「ハヤカワ文庫 SF23 ミクロの決死圏 」早川書房 (1971)



後編はこちらから!



文:大口孝之 (おおぐち たかゆき)

1982年に日本初のCGプロダクションJCGLのディレクター。EXPO'90富士通パビリオンのIMAXドーム3D映像『ユニバース2~太陽の響~』のヘッドデザイナーなどを経てフリーの映像クリエーター。NHKスペシャル『生命・40億年はるかな旅』(94)でエミー賞受賞。最近作はNHKスペシャル『スペース・スペクタクル』(19)のストーリーボード。VFX、CG、3D映画、アートアニメ、展示映像などを専門とする映像ジャーナリストでもあり、映画雑誌、劇場パンフ、WEBなどに多数寄稿。デジタルハリウッド大学客員教授の他、東京藝大大学院アニメーション専攻、早稲田大理工学部、日本電子専門学校、女子美術大学短大などで非常勤講師。



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『ミクロの決死圏』

ブルーレイ発売中 ¥1,905+税

発売:ウォルト・ディズニー・ジャパン

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