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『ミクロの決死圏』60年代『2001年宇宙の旅』以前、群を抜くクオリティの傑作SF (前編)
アート・クルックシャンクの参加
そこでアボットは、社外に協力を求めることにした。当時のハリウッドは、いわゆる撮影所システムというスタイルであったから、スタッフは全て社員であり、基本的に他スタジオとの交流は禁じられていた。しかし特殊効果関係者には、会社の壁を越えて協力し合うという習慣(*5)があった。
アボットは、特にオプチカル合成技術の未熟さを、20世紀フォックスの弱点だと考えていた。そこで彼は、アカデミーの特殊効果委員会の昼食会に出席した際に、ディズニー社の特殊効果部長だったアブ・アイワークス(*6)に「今取り組んでいる映画には、オプチカル合成の分野で先行するディズニー社の力がどうしても必要だ」と相談を持ち掛ける。数日後アイワークスは、「あるベテランの男を紹介する」と電話をしてきた。
やってきたアート・クルックシャンクのことをアボットは知らなかったが、彼は1939年からディズニーのアニメーション撮影技師を担当しており、さらに一時独立していたアイワークスがディズニーに復帰後、新たに設立したオプチカル合成課で働いていた人物だった。代表作には、ナトリウム・プロセスで見事な合成画面を実現させた『メリー・ポピンズ』(64)がある。
「彼こそ『ミクロの決死圏』に不可欠な人材だ」と判断したアボットは、ディズニーにおける給料の2倍強を約束する。また自分が引退後、特殊効果部長を引き継いでもらうことも考えていた。(*7)
*5 この習慣が生まれた背景には、1930年代に行われたリア・プロジェクション技術の開発競争がある。最初は各スタジオが独自に開発を行い、特許で技術を守っていた。だが「これではあまりにも非効率的だ」と感じたパラマウントのファーショト・エドゥアールは、各スタジオの特殊効果関係者と機材メーカーに仕様統一を呼びかけ、映画芸術科学アカデミー研究評議会をスポンサーとする標準化委員会を1938年に設立する。こうしてハリウッドのリア・プロジェクション技術はオープン化され、これをきっかけとして技術者や機材の交流も可能になった。
この標準化が大きな効果を上げたのは、パラマウントの『森林警備隊』(42)の時である。この映画では、大規模な山火事を三色法テクニカラーで表現しなければならなかった。しかし、ビームスプリッターや三色分解フィルターを通すため、従来のリア・プロジェクターでは必要な光量が得られない。そこでエドゥアールが考案したのは、3台の映写機を用い、鏡で光軸を1線上に集めて映像の輝度を上げる、トリプルヘッド式リア・プロジェクターだった。これならば幅約7.3mのスタンダード・スクリーン上で、10万5000lmの輝度を得ることが可能になる。しかし『森林警備隊』では、山火事に周囲を囲まれるという表現が求められたため、同様のトリプルヘッドシステムを開発したRKOから一式借り、幅約14.6mの2面映写を実現させた。
さらに、アルフレッド・ヒッチコック監督の『鳥』(63)では、ユニバーサル・スタジオのオプチカル技師であるロズワルド・A・ホフマンが、従来のブルーバック合成では、羽ばたく翼のマスクがうまく抜けないと困っていた。そこで、米国で唯一ナトリウム・プロセスを実用化させた、ウォルト・ディズニー・プロダクションに協力を求める。ナトリウム・プロセスとは、波長589.6nmに鋭い輝線スペクトルを持つナトリウム灯の黄色い光で白いスクリーンを照明、マルチコーティングを施したビームスプリッターを内蔵し、2本のフィルムが装填できる特殊カメラを用いるもので、撮影と同時に精密でグラデーションを持ったマットが抽出できる。当時この技術が使えたのは、ディズニーと英国のランク・フィルム・ラボの2社だけだった。
だがアイワークスは、エフェクトの作業量が多過ぎると判断した。そこで、ハリウッド中のスタジオに分散させることを提案し、『ベン・ハー』(59)の合成を手掛けたMGMのロバート・R・ホーグにも参加を呼び掛けた。この時、アイワークスから連絡をもらったアボットも、小学校が鳥の群れに襲われるシークエンスを引き受けている。
*6 アイワークスは、ミッキーマウスの考案者として知られる伝説的人物だが、1930年に離反して自分のアニメーション・スタジオを経営し、事業に失敗する。1941年にディズニー復帰後は、戦意高揚映画の監督、実写映画の合成、テーマパーク・アトラクションの技術開発などを務めた。1989年にディズニー・レジェンド賞を受賞している。
*7 アボットは20世紀フォックスを1970年に引退するが、クルックシャンクも1971年にディズニーへ復帰してしまった。そのためアボットは、大規模なプロジェクトがある度にスタジオへ呼び戻されている。